忍びの心



旦那の、俺様を呼ぶ声が何度も聞こえる。
戦場であるにも関わらず、喉が壊れるんじゃないかと心配してしまうほどの大声で。
よく通る声は辺り一面に響き渡っていた。
一回呼べばすぐ行きますって言っているんだから、そんなに叫ばなくてもいいのに。


「旦那、旦那ってば!ちょっと声押さえた方がいいんじゃない?もう攻撃してくる敵は居ないだろうけどさ!」

「佐助!話は聞かせてもらったぞ。松永久秀の元へ、共に桜殿を助けに参ろう」

「…え」


旦那、そこまで耳が良かったっけ?
俺様やかすがが居た場所と、大分、離れていた気がするんですけど。
いや…別に、不思議なことでもないか。
きっと、桜ちゃんのことだから…


「駄目だよ…大将が戻って来るのを待たないと」

「お館様は敵方の本陣へ誰も近付けるなと仰った。だが、お館様が戻られるのをただじっと待っている時間が惜しい。それだけ桜殿は、心細い想いをされるのではないか?」


俺様を諭すように語る旦那は珍しい。
唇を噛み、酷く悔しそうな表情をしているのは、桜ちゃんよりも戦を優先してしまったから。
旦那は周りの状況を見て、武田軍の負けはないと確信した。
大将だって、姫様の危機を知れば…此処で迷いながらとどまり続けるより、すぐにでも桜ちゃんを助けに行けと命令を下すはずだ。

だから旦那は、俺様を奮い立たせるために言ったんだな…、まだ戦の終わりを見届けてはいないけれど。


「心配はいらぬ!佐助の代わりには才蔵を置いていけば良いだろう!」

「旦那の代わりはどうすんのよ」

「案ずるな。才蔵は佐助にも劣らぬ」


随分と期待されちゃって…才蔵、落ち込んでいる場合じゃないぜ、俺様もだけど。
きちんと役目を果たすんだ。
いいよ、分かった、俺様の負け。
必ず、桜ちゃんを取り戻してみせる。
きっかけを作ってくれた旦那に感謝するよ。


「佐助」

「な、なに?急に怖い顔しちゃって」

「…桜殿は最初から、佐助を好いておったのだぞ」


…はい?
突然何を言い出すかと思えば…
最初からって…、俺様にも読めなかったんだよ、桜姫様の考えは。
旦那って自分の事にも疎いのに、どうしたら他人の、しかも好きだとか、そういう気持ちが分かるんだ?


「あのね、俺様、桜姫様に初めてお会いした時、要らないって言われたんだよ?」

「…それは、俺が悪いのだ。俺が佐助を欲しがっていたのを、桜殿が察してくださったゆえに…」


え、どういうこと?
俺様、確かに初めは桜ちゃんに仕える忍びとして雇われたんだけど、彼女の要らないの一言で旦那、弁丸様の下につくことになった。
使い回しみたいで当初は納得いかなかったけど、今ではそれで良かったと思ってる。

桜姫様は一般的な町娘などとは違い、変わってらっしゃるから。
生理的に嫌われちゃったのかな、とか何で俺様じゃ駄目だったんだ、って暫くモヤモヤは消えなかった。


「俺が桜殿に冷たくあしらわれていたのは、佐助を取ってしまったからであろうな」

「ちょ、待ってよ…」


桜姫様は旦那の我が儘を聞いただけ?
全然知らなかったよ、そんな話…。
俺様のこと、嫌いな訳じゃなかったの?
あんな風に邪険に扱われたら誰だって、いや、原因は…俺様じゃないか。
俺様が貴女のことを避け始めた頃から、取り返しのつかないほどに距離が開いてしまったんだ。


「さあ、行くぞ佐助!」

「…うん」


俺様は数え切れないほど、貴女を傷付けてきたことになるじゃないか。
素直に欲しいって言ってくれれば、俺様だって勘違いしなかったのに。

…まさか、
姫様の中に桜ちゃんが現れたのって、俺様のせいだったりする?
桜ちゃんと出会う前、姫様と最後に交わした言葉を、俺様は一字一句違えずに覚えている。
後から、酷いことを言ったと気が付いた。
謝りたかったけど、姫様は桜ちゃんを残して、居なくなってしまった。


(忍びを嫌う神様からの罰…かな)


こんなことになるなら、もっと早くに貴女の気持ちを知っておきたかったよ。
だって今の俺様が愛しいと思うのは、姫様じゃなくて…、桜ちゃんなんだ。



END

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