恋をする人
「我らの主が、桜姫様を所望された。悪いようにはしない。姫様には失礼の無く、丁重にお招きするよう仰せ仕っている」
「十分失礼だっつの…私が行けば、もう甲斐に騒乱を起こさないと約束出来ますか」
敵のその言葉でようやく確信することが出来た。
当初から狙いは…桜だけだったんだ。
馬鹿でも分かるさ、悪役っていうのは律儀に約束を守るものではない。
人の命を省みず、爆弾をしかけた奴らだ。
何のために桜を欲しているのかは分からないけど、優先すべきは雪ちゃんを無事に解放させること。
桜も、同じ考えを抱いているんだ。
己の身に何が起きても、大切な人は守る。
人々を傷付ける原因が自分だなんて…、それが分かった今、此処にとどまることは出来ない。
皆の安全が保証されても、敵の手に落ちた桜は…、酷いことをされて、殺されるかもしれないけど。
「才蔵さん、佐助さんに伝言をお願いします。さっさと迎えに来てください、って」
「桜様、私にそのような役目を与えるのですか?貴女様をみすみす敵へ差し出せと!?」
「悪いようにはしないって言っていますし、大丈夫ですよ。心配だと思うなら、どうか、伝えてくださいね…好きな人に、助けに来てもらいたいんですよ、私は」
オレ…、好きな人って言ったのか。
いっそ清々しいな。
嘘を言った気がしないんだ。
はっきり告げれば、才蔵さんは押し黙る。
そんな顔しないでよ…貴方のせいじゃない。
これは姫の意思なんだから。
それは桜の気持ちなのか、オレの気持ちなのか、答えが出ない問題は後回しだ。
「申し訳ありません!私などのために、ひいさまが…!」
「気にしないで!だって…君が死んだら、桜もオレも泣いていたよ」
「え……きゃっ!」
オレは首を傾げる雪ちゃんを思いっ切り突き飛ばした(才蔵さんがしっかり受け止めてくれた)。
笑顔を作ろうとしたけど…、苦笑いにしかならなかった。
怖い目にあわせて、ごめんね。
これでいいんだ。
桜も、納得してくれるだろ?
後は頼むよ、才蔵さん。
佐助さん…取り返しがつかなくなる前に、桜を助けに来て。
二度と会えなくなるなんて、嫌だからな。
「ぐっ…!て、め…」
どす、と鈍い音を立て、男の拳が桜の腹に食い込む。
丁重に扱ってくれるんじゃなかったのか、この嘘つきめ!!
姫様相手に無礼なことしやがって!
口から胃袋が出てきそうだ。
一瞬で意識がぶっとぶほどの衝撃だった。
(ああ…オレ、どうなるんだ…)
雪ちゃんの桜を呼ぶ声が…、どこか遠い世界から聞こえてくるような錯覚に陥る。
負けるなよ…死ぬなよ、オレ。
佐助さんが迎えに来てくれるのを信じて、待っているから。
END
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