姫様の夢 その1



遠くの方から、嗚咽する声が聞こえる。
ぽたん、と溢れた涙がとても深いところに落ちる音で、オレはまどろみから意識を覚醒させた。


「……は?」


落ち着け、冷静になれ。
眠さに耐えられず幸村様の腕に倒れた、ってところまでは覚えている。
その後は部屋に運ばれたんだろうか。
女中さんか佐助さんあたりが布団を用意してくれて…そこまでは何とか想像出来た。

でも、此処は何処?

一面に広がるのは闇。
小さな光はあるものの、足元を照らす灯りにはならない。
まるで星空を眺めているような…それよりも、自分自身が宇宙に立っているような感覚だ。

オレはふわふわとそこに漂っていて、初めは違和感があったものの、不思議とすぐに馴染んでいた。


「わっ!元に戻ってんじゃん!」


艶やかな黒い長髪は影も形もなく、見慣れた学ランを着ていて、完全に元の姿に戻っていた。
男のオレ。これが本当の自分。

うそだろ、まさかの夢オチ!?
今時ドラマでだってそんな結末有り得ない。
だとしたら、この偽造宇宙空間は何だって言うんだ。


「……あ。ねえ、お前、桜…だろ?」


静かに名前を呟いてみる。
朧気だが、着物に身を包んだ女の子がうずくまっているのが見えた。

オレは知っているはずだ。
この子が、桜姫。
今は俯いているからその表情を確認できないけれど、泣き声がオレの知っている桜姫のものだったから、確信を持った。

だとしたらこの空間は、夢の中?
夢でだったら、オレは桜に会えるのか?


「桜。オレのこと分かる?」


お前の身体に入ってしまった現代人だ、と言っても伝わらないような気がする。
どんな説明をしたら良いか分からなくて、オレは桜の前に正座をして頭を悩ませた。


「桜……」

「気安く私の名を呼ぶな」

「……はい?」


ええっと、桜さん?
話しかけるタイミング、間違っちゃった?


「貴様、よくも邪魔をしてくれたな」

「オレが何を…?」

「とぼけるな。のうのうと他人の心に隠れ住み、身勝手に荒らしおって!いったい何が目的だ?」

「ちょ、ちょっと待って!桜…姫様がオレを呼んだんじゃないの?」


意見の食い違いが生じる。
てっきり、姫様のピンチが原因で、適当に選ばれた一般人のオレが運悪く召還されたものだと妄想していたんだけど。

顔をあげた桜は、目元が涙で濡れているけど目つきは鋭かった。
可愛い顔をしているのに、オレを憎んでいるって、大嫌いなんだって、そう訴えている。
嫌だな、その瞳…居心地が悪くなる。





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