恋をする人



夕暮れ時、子供達は家へと帰っていく。
赤ちゃんのお兄ちゃんも、手当てを受け休んでいたお母さんが迎えに来た(深々と頭を下げられてしまった)。
二人は仲良く手を繋ぎ、一緒に屋敷へと戻っていった。


「子供達の歌、とても素晴らしかったですよ」

「良かったですか?ありがとうございます」


パチパチと拍手をしながらオレの側まで歩いてきた、才蔵さん。
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、深く追求されたら怖いな。
歌やラッパをどこで覚えたんだとか、いちいち説明に苦しむから出来れば聞かないでほしい。


「今日の貴女様は、ご立派でした」

「子供達にも言われましたけど…、特別、お礼を言われるほどのことをした覚えはありませんよ?」

「謙遜なさらないでください。現に、救われたでしょう?赤子の命と、子供達の心を」


事故や災害で傷付くのは肉体だけではなく、どちらかと言えば精神の方が重い傷を負う。
間近で親しい人が火に巻き込まれていく様を見せつけられた子供達の心の傷は、確かに深く悲しんでいた。


「桜様は歌と喇叭で苦しみを消し去ったのです。屋敷の者も皆、安らかな表情で聴き入っていたのですよ?桜様が生み出す、不思議な音色を」

「私は…お役に立てたのでしょうか?皆に、桜姫を、認めてほしくて…」

「認めるなどと…。貴女様は初めから、甲斐の民を愛していたではありませんか」


家臣や民が、知らなかっただけ。
桜をすぐ傍で見守る忍達は、最初から分かっていたんだって。
才蔵さんは何度も頷いてくれた。
その言葉は才蔵さんだけの想いじゃなくて、皆の気持ちをも代弁していると言うのなら。
甲斐の人達に、桜姫は武田の姫君だって、受け入れてもらうことが出来たんだよ。

これで、桜はこっちの世界に戻ってこれるだろう?
怖がることはないよ。
後は素直になって、皆の輪の中へ飛び込んでいけばいい。
桜が笑えば、皆も笑ってくれるよ。


(なあ、そうだろ?桜)

(……、)

(無視すんなー。おーい?)


頭の中で呼びかけてみたけど、桜は何故かシカトしてくるし、オレの表情の変化に気付いた才蔵さんが、じいっと見てくる。
う、ちょっと…まずかったかもしれない。


 

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