正義の味方



(…無理だな。いくら私でも、手に負えぬ。万物の力を自在に操れる訳ではないのだ)

(いやだ…)

(苦しみながら逝った赤子の魂は、私が天へと導いてやる。諦めろ)

「嫌だってば!」


桜が言うのは正論だけど。
…認めたくないよ。
人を助けるために、人が犠牲になる。
それじゃあ悲しみも二倍だ。
それでも…行動を起こせば、悲しみは無くなるかもしれないだろ。

木板の担架で運ばれていく女性を見送り、オレは天高くまで燃え上がる炎を見た。


「桜様」

「才蔵さん。駄目、って言いたいんですか?聞きませんよ」


こうなったら、オレが行くしかない。
多くの怪我人を目の当たりにし、絶望している人達に、お前が行ってこいとか、そんな残酷な命令は出来ないよ。

ざばっと桶の水を頭から被り、体を濡らす。
冷たい水が着物に染み込んでいく。
無謀だと分かっているだろうに、桜は溜め息も漏らさず、黙り込んでいる。
オレの行動を、見届けようとしているんだ。

怖くて足は震えているけど、走って、すぐに赤ちゃんを抱いて、戻ってくればきっと大丈夫。
自分に、必死になって言い聞かせて。


「残念ですが、もう…間に合いません。見て下さい、あの柱は今にも崩壊するでしょう」

「そんなことっ…!」


どうにか振り絞った勇気が、才蔵さんの一言で脆くも崩れ去った。
…本当は、こんなことやりたくもないんだよ。
見て見ぬふりをしたって、傷付くのは顔も知らない赤の他人だ。
誰かが助けに行くだろう、オレには無関係なんだからって、心の奥では、そう思っている。


「生きるべきは子供ではなく、桜様です」

「だからって、見殺しにして良い訳じゃない…。姫が無事なら、赤ちゃんは死んでも良いって言うんですか!?」

「比べるまでもないでしょう!!いい加減、御自分の立場を理解してください!」


ぱちん、と頬を叩かれて、思考が停止した(びっくりして)。
痛くも痒くもない、触れるのと何ら変わりない平手打ちは、小さな音を立てただけだ。
だけど、穏和だと思っていた人の怒声に、オレは想像以上のダメージを受けた。

桜を必死に守ろうとしているから、オレの軽率な発言が許せなかったんだ。
才蔵さんの気持ちや、忠誠心は嬉しいけど…命に順番なんて、あっちゃいけない。


 

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