姫様と二人
目を擦りながら体を起こしたオレは、妙な違和感に首を傾げる。
眠る前に飲んだ薬が効いたのか、体の調子はすっかり良くなっていた。
でも、よく分からないんだけど…屋敷の様子がおかしいような気がする。
妙な静けさに包まれているんだ。
日課となっていた幸村様と信玄様の声が聞こえてこないせいか、と気が付いたのは、雪ちゃんが襖を開けて部屋に入って来てからだった。
「お体の具合は如何でしょうか?」
「あ、うん、治ったみたい。一日で回復して良かったよ」
「……、雪は心配しておりました。佐助様からひいさまのご様子をお聞きし、流行病にかかってしまわれたのかと…」
オレ、姫様失格だな。
桜が倒れたら皆に心配をかけてしまうと分かっていたのに、考え無しに行動してしまった。
それにしても、ただの風邪なのに流行病は大袈裟だ。
雪ちゃんがこの様子じゃ、月ちゃんと空ちゃんが屋敷中に間違った噂を広めているだろう。
姫様が命の危機です、なんて。
早く元気な姿を見せてあげなくちゃ。
佐助さんにも、心配かけたしな…
「ひいさま。お館様がお付きの者と共に、今朝方、甲斐を発たれました」
「え、どこかに出掛けたの?」
「はい。上杉様の元へ。幸村様や佐助様もご同行なさっております」
なんだ、皆いらっしゃらないんだ。
昨日の今日で…、ああ、謙信様を見送りに行くついでに、せっかくだからそっちの国まで行っちゃおうって感じか。
起こしてくれればちゃんと、挨拶したのに。
謙信様、いつか必ずお詫びに行きます。
「いつ頃お帰りになるか聞いてる?」
「いえ…それは存じておりません」
「そっか…長旅になるのかな」
また、佐助さんに会えない。
からかわれたって、不意打ちみたいにキスをされたって…、嫌いになれないし、何日も会えないのは寂しい。
母さんが町内会の行事で旅行に出かけた時のような気分だ。
(…男に母を求めてはならぬぞ)
「え?」
何か聞こえたぞ。
きっ、聞き間違いじゃない、よな?
それは耳に慣れた、桜の呆れ声だ。
着替えを手伝ってくれた雪ちゃんが退室したばかりで、部屋にはオレ一人のはずなのに!?
「な、なっ、桜!?話せたのか!」
(その口を閉じろ!私は魂に直接呼びかけている。お前も、言葉を思うだけで良い)
「は、はい!」
両手で口を覆い隠し(他人に見られたら、一人で何やってんの状態だ)オレは恐る恐る脳内で桜に話しかけた。
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