姫様の夢 その8.5



「さくらが苦しんでいるって言うのに、オレは…」

「妹の傍を離れてしまった。お前は今も、その事を後悔しているのだな」

「…その通りだよ」


人生最大級の後悔。
今更どうにもならないけれど。

次の日に、コンクールがあった。
ごめんね、大切な大会だから行かなきゃならないんだ、とさくらに告げた。
さくらは光を無くした瞳でオレを見て、笑ったんだっけ。
お兄ちゃん、頑張って、って応援してくれてさ。

その頃オレが使っていたトランペットは、チャーリー君じゃなくて、学校の備品だった。
当時、中学一年生だったオレは、勿論中学校の部に出場するのは初めて。
小学校の大会とは雰囲気も違う、レベルも違う。

オレが欠席したら確実に穴があく。
欠けていいパートは一つもないから。
所詮は地区大会、かもしれないけど、毎日遅くまで学校に残り、真剣に練習していた仲間を見ていたから、迷惑はかける訳にはいかなかった。
医者は大丈夫だって言っていたんだよ、その言葉を信じたんだ。
コンクールの結果発表も聞かず、オレは病院へ向かった。


「オレが戻ったときも、さくらは笑っていたよ。オレを悲しませないように気を遣っていたんだ…まだちっちゃいのにな」

「……、」


小さな手を握った。
氷のように冷たくて、驚いたオレは手を擦ってあたためようとしたけど、途中で父さんに止められてしまった。


それからの日々は、以前とは大きく変わっていた。
時間がゆっくりと過ぎていく。
空に浮かぶ雲の流れよりもゆっくりと。

じゃあ、オレはどうすれば良かったの?
オレは臆病者だ。
大会を投げ捨てたらどうなる?
帰る場所と、音楽を失うことが怖かった。
だから、オレの弱さを責められても仕方がないんだ。
あいつは家族より部活なんかを選んだんだと、心無い同級生に指を指された時、庇ってくれたのははるひさんだった(その時から、オレは彼女を尊敬している)。

両親は、治療代を支払うのも大変だったはずなのに、無気力なオレにトランペットを買ってくれた。
ずっと欲しかった、憧れの…
きらきらと輝くベルと力強い華やかな音色が、立ち止まっていたオレの背を押す。

それがオレとチャーリー君の出会い。
度が過ぎるほどチャーリー君に依存してしまったのは、消せそうにない寂しさを和らげたかったからだ。


 

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