姫様の夢 その8.5
もしもの話をする。
もしも、耳が聞こえなかったら?
答えは、皆と音楽が出来ないから困る。
オレにとっての最低限必要な五感は聴覚。
出来るならば視覚もあった方が良い。
目が見えないと指揮棒は追えないけど、ひとまず聴覚さえしっかりしていれば、周りの呼吸音を聴いてタイミングを合わせることが出来る。
鼻が利かなくても、感触がなくても、とりあえず音楽は出来るだろ?
日常生活は不便だけどさ。
喋れなくても、チャーリー君がオレの声になってくれるから。
病気なんて、ドラマや物語の中のもので、実際に降り懸かるはずがない、他人事だと思っていた。
オレも家族も健康で、これからもずっと、平凡だけど幸せに暮らしていけると信じて疑わなかった。
「妹がいるんだ。名前はさくら。びっくりしたよ、妹と同じ名前の女の子と親しくなるなんてさ」
「……、」
桜は黙ってオレの話を聞いている。
綺麗なまま胸の中に閉まっていた思い出。
本当は人に話せるようなものじゃない。
悲しくて、オレ自身がどうにかなってしまいそうだから。
ふと、オレの手を、握ってくれた桜。
全然気付かなかったけど…オレ、震えていたんだ。
情けない上にカッコ悪くて、どうしようもないな。
「今から4年ぐらい前かなぁ。さくらが、酷い熱を出してさ。どうも様子がおかしいから救急車…病人を運ぶ乗り物で、すぐ医者のところまで行ったんだけど…」
神様はひどいよ。
こんな可愛い子に何の恨みがあるっていうんだ。
オレは愕然とした、信じられなかった。
熱に魘され苦しみながら、さくらはオレに手を伸ばしたんだ。
『おにいちゃん、どこ?なにもみえないよ』って。
「政宗様が目の病気だって聞いたときさ、妹と重ねちゃったんだ。だから、黙っていられなくて…」
「独眼竜が隻眼になったのは、従者の…今は右目と呼ばれる彼の者が、病によって膿んだ眼球をえぐったためだ」
「そっか…そうだったんだ…」
政宗様は、どれほどの痛みに耐えてきたんだろう。
小十郎さんだって、理由があるとしても、自らの手で大切な人の体を傷付けることになったんだ、気が狂うような辛い想いをしたんだろうな。
さくらの場合、その失明は一時的なものだから安心してくださいと、医者はオレ達家族に告げた。
数日入院して安静にすれば治りますよ、心配することはありません。
でも、さくらの苦しむ姿がどうしても脳裏から離れなかったんだ。
気休めのような言葉だけで、安心出来るはずがない。
中学生にもなって、公共の場で泣きじゃくるオレの頭を、母さんは優しく撫で続けてくれた。
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