姫様の夢 その8
「戯れ言をっ…言うな!佐助は私を見ているのではない!恋慕の念を抱いた瞳で見つめられたのはお前ではないか!」
「は?何、それ…」
「お前など、現れなければ…、佐助は佐助のまま変わることはなかった!全てはお前のせいだ!」
吐き捨てるような怒声、それこそが、胸のうちに秘めていた桜の本音。
一度も表に出せずにいた虚しさを吐き出し、屑籠に捨て去ってしまうことを望んでいるかのように。
「オレが悪い…?そっか…ごめん…桜はそんなふうに思ってたんだ。なら、さくらも…オレが悪かったって言うの?」
後ろめたさを、感じたことはある。
突然飛び込んできたオレの存在は、桜の迷惑にしかなっていないのでは、と。
桜の人生を狂わせたのはオレが原因?
オレがさくらより、音楽を選んだから。
何も見えない暗闇に閉じ込められたお前を、見捨てた。
ああ、さくらもオレを恨んでいるんだな。
オレのこと、嫌いになっちゃって、もう…、どんなに頑張っても、笑顔を見せてはくれないのか。
さくら。
たったひとりの、大切な妹。
お前はもうどこにも居ない、だから、最初から、望んじゃいけなかったんだ。
「ち…違う…違う!私は、お前を…!」
「さくら…っ」
とんっ、とぶつかってくる桜。
違和感があるのは、自分よりも背の高い人に抱き締めらることに慣れてしまったからだ。
桜って、こんなに小さかったんだな。
女の子って、腕を回しても余るぐらい、細くて…柔らかくて…
「すまなかった…、八つ当たりだ」
「八つ当たりって…なんで?」
「認める。私は佐助が好きだ。だが、佐助が恋うているのはお前だ。私ではない」
「また、そんなこと言う…」
内心、ほっとした。
悪い方向に考えすぎて、自分を追い詰めて…精神が、壊れてしまうかと思った。
オレに抱きつく桜の手は震えていた。
俯いているから、桜の表情は見えなかったけれど。
…よく考えたら、男の姿で女の子と抱き合うのは初めてだ。
っ、この状況は…!!
でも、振りほどいて離れるのはちょっと寂しい気がしたから、オレは赤い顔を隠すように桜の肩に額を擦り付けた。
「私は、大切なことを忘れていた。佐助や…皆が、桜姫を受け入れ、慈しむようになったのは…お前の力だ」
「オレは…そんな大層なことはしていないよ」
「欲張りだな、私は。自分を見失うことなど初めてだ。それこそお前のせいだろう、私に、生きたいと思わせてくれた」
桜に足りなかったのは、人間らしい、素直な感情。
オレと一緒にいることで…変わった?
人間って、生きることが最優先で、必死になれば、なりふり構っていられない。
妬むこと、悔やむこと、慈しむことも。
人との関わりが怖い。
嫌われるのが怖い。
人間なら、当たり前のように持ち合わせている感情だ。
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