姫様の夢 その8



夢の中に来てしまえば、息苦しさも頭の痛みも感じなかった。
ただ、オレは涙を流していた。
同じように桜も、泣いていた。
泣き顔が…痛々しくて、見ていられない。


「かすがさんに聞いたんだ。桜の、好きな人について…」

「…過去の話だ」

「ううん。桜は今も、佐助さんのことが好きなんだよ」

「馬鹿。何を根拠に?」


身分が違うからと、諦めなければならなかった切ない恋。
桜自身は、とっくに終わったものだと思い込んでいる。
佐助さんに抱いていた淡くて脆い感情を、消去したつもりでいるんだ。


「桜が泣いてるから」

「…お前も泣いているではないか」

「はは。そうなんだけどさ」


オレの涙は、桜の悲しみを感じ取ったから流れたもの…だと解釈する。
ファーストキスの相手が男でショックだ、なんてぐちぐち言い続けても仕方がない。
オレも佐助さんは嫌いじゃないし、まだ…そこまで嫌って訳ではなかったしな。


「私は、死を望んでいた。姫の立場から解放されたい一心で、この世を恨み続けていた。それなのに…私は…」

「うん。桜は大バカだよ。死んだら…時が止まっちゃうんだ。本人も、周りも、そこだけ何も変わらない」


とらわれたまま。
残された人々は、死を実感出来ず、抜け殻のような日々を送るんだ。
桜が逃げたって、死んだって、桜が佐助さんを好きだった想いが消えることはない(オレやかすがさんが、その事実を知っているから)。

言葉で表現しきれないほどの、好きという気持ち。
もう人生やってらんないから姫の体をオレに譲ってやるとか言ったけど、それが桜の本音だとはどうしても思えないんだ。
だってさ、桜は今、こんなにも苦しんでいるじゃないか。


「嫌だったんだろ?佐助さんが桜姫じゃなくて、桜ちゃんに…口付けをしたから」

「……、」

「あのな、確かにオレは桜じゃないけど、佐助さんからしたら桜は一人しかいないんだぞ」


オレは、桜に希望を見出して欲しかった。
諦めるなよ、まだ可能性はある。
これから頑張れば、佐助さんと想いを通わせることも出来るはずだ。
オレは口を休めることもなく、慰めのつもりで言葉を投げかけ続けた。

でも、桜はオレの安っぽい慰めなんて初めから聞いていなかった。
涙を溜めた瞳でオレを見据える、深い憎しみが込められた瞳。
それは、オレと桜が初めて出会った日に見た、悲しみに満ち溢れる瞳と同じ色をしていた。


 

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