酒と口づけ



「あ…ごめんね、桜ちゃん…」


かつて、これほど気まずい状況に陥ったことがあっただろうか。
かすれた声で、佐助さんが桜を呼ぶ。
何で謝られているのか、理解が出来ない。

本当に…、キスされたんだ。
佐助さんが、桜にキスをした。
瞬きさえも忘れた。
呼吸の仕方が分からなくなるぐらい、混乱してしまった。


「汚いと思っていたら、口付けなんてできないでしょ?」

「は……、そ、そういうことですか…」

「うん、そういうこと。だから桜ちゃんは余計なことを気にせず眠ること!これ、薬草を調合してもらったから飲んでね。俺様邪魔だろうから退散するよ」


息継ぎもせず早口で、言いたいことだけ言って、佐助さんは姿を消した。
まるで、桜から逃げ出すように。


(…そんな理由でするか、普通…)


カタカタと震える指先を唇に当てる。
柔らかな感触を忘れられなくて、心臓も速いまま、落ち着いてくれない。
現実だ、夢なんかじゃない。
…本当に、キスされちゃったんだよな。

はっきり言って、ショックだった。
ファーストキスの相手が男って…、それほど拘っていた訳ではないけど、喜べたものじゃない。
佐助さん、なんてことしてくれたんだ。
貴方は桜を励ますためにしてくれたんだろうけど、むしろ…逆効果だ。


(ダメだよ…ダメなんだってば…)


遠くから聞こえてくる宴会場の騒ぎ声が、ひとり静寂の中にいるオレには別世界のもののように感じられた。
奏でられる音楽は音程もリズムもバラバラで、だけどそれがすんなりと耳に届けられる。
もとからそういう曲があったみたいだ。

変なの…楽譜通りじゃないのって大概、気持ち悪いのにな。


「うっわにが…っ!このまずいの飲めって…?」


青汁より苦いかもしれない液体を口に含んだら、ぽろっと一筋の涙が頬をつたう。
くそっ…人間の飲みものじゃねぇんだよ!
医学が発展していないこの時代、錠剤もカプセルもないんだから、我が儘は言っていられないけど。

喉を通らなくて、また、もどしてしまいそうになる。
飲み込むのに必死になった。
嗚咽がこぼれそうで、唇を噛んで声を押し殺す。
頭が痛い。
息苦しくて、呼吸が上手くできない。

こんなことになるなら、酒なんか飲むんじゃなかった。
涙が止まらず、次から次へと溢れていく。


(桜は佐助さんのことが好きだったのに!)


知っていたのに…!
またオレは、桜を傷付けて、泣かせてしまった。
だって…オレは、桜姫じゃない。
本来佐助さんとは何の関わりのない、赤の他人なんだよ。

佐助さんがオレにキスをした、そのことに桜が悲しんだのだとしたら、
桜は全てを捨てようとした後も、佐助さんのことを、嫌いになりきれなかったんだ…



END

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