真っ直ぐ全速力



無事に着物に着替え(手伝ってくれた若い女中さんは予想より優しく接してくれた。けど泣きそうな顔で微笑まれた。どうして!?)、オレは佐助さんに屋敷を案内してもらっていた。
自由に立ち入っていい場所、入ってはいけない部屋、それぞれの説明を受ける。

そして廊下を歩きながら、それこそ口が酸っぱくなるぐらい、佐助さんはオレに言い聞かせた。


「大将も言ってたけど、二度と黙って屋敷を抜け出したりしないでよね、見つけ出すのも骨が折れるんだから」


了承を得てからならオッケーってことですか?
でも不用意に外に出たら戦場を駆ける馬にはね飛ばされるか、矢の的になるやもしれないので正直出かけたいとは思いません。

忍者って、スパイだとか人目につかない所でひっそりと偵察したりするものだと思っていた。
佐助さんは忍者なのに、派手な人だ。
戦国時代にオレンジ色ってどうなんだ?
そもそもどうやって染めたんだろう、まさかの地毛だろうか?


「ちょっと、俺様の話聞いてる!?」

「あ、は、はい!聞いてますよ!」

「…全く、別人みたいになっちゃって…」


ふう、と溜め息を漏らす佐助さん。
でも呆れている訳ではないようで、その柔らかな表情を見たオレは、思わずどきりとしてしまった。
なんだか、息が止まってしまうかと思った。


「佐助さんが、笑った…」

「え?」

「笑いましたよね?初めて見た…」

「…姫様?」


本人も気づいていなかったようだ。
佐助さんはオレを助けてからずっと、表情が変わらなかったんだよ。

口元だけ笑ってる作り笑顔はよく見ていたけど、それだけだと、機嫌悪いんじゃないか、怒らせたんじゃないかっていちいち不安になる。
この世界でオレに微笑んでくれたのは、信玄様と着付けをしてくれた女中さんだけ。
だから、些細なことだけど、すごく嬉しくなった。
やっと本当の笑顔を見せてもらえた。
笑うとさらに美形だなぁ、佐助さんは。


「嬉しいです、…わたし」


さすがに失礼かと思ったけど、くすくすと笑いが止まらない。
だけど、気を抜くと"オレ"って口にしてしまいそうになる。
女の子らしい言葉遣いも難しいけれど、一人称は"わたし"が一番言いやすいからそれで通すことにしよう。

記憶が無いことになっているし、口調がおかしかったり礼儀がなっていないのも大目に見てくれたらいいのに。
出来るだけ気をつけよう…居場所を失わないためにも。


「姫様、見て?庭で暴れている赤い人、あれが真田の旦那だよ。名前は幸村様。大将のお気に入り」

「真田幸村…様?」


わ、本当に暴れてる。
一見しただけだと、全体的に赤っぽい服を着た人がたった一人で男達をボコボコにしているように見えてしまう。
奇声、雄叫びをあげ、男達の悲鳴が早朝の中庭に響き渡る。


「うおぉぉお!まだまだああぁ!!」


真田幸村、その人は信玄様と同じように熱い男だった。
しかも超がつくほどの美少年だ。

一人で何十人相手にしているんだろう。
皆へばっているのに、息ひとつ乱していない。


「旦那!ちょっといいかな?」

「何事だ佐助!今は…」


そうだな、真田幸村が信玄様のお気に入りならば、娘のオレは挨拶しておくべきだ。
桜とはどんな関係だったんだろう。

記憶が無いって、本当に辛い。
仲が良かったかもしれない人との大切な思い出も一緒に、無くしている。
過去を忘れてしまったってだけで失礼極まりないんだ、謝罪も交えて挨拶を……


 

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