異なる選択



信玄が最も信頼を置き、重用する忍び、佐助を度々北条に偵察に送り込んでいたが、これほど早く動きを見せるとは予想しなかった。
直に本格的な冬が到来する。
戦をするには、不都合な時期である。


「儂は、あの北条が無謀を承知で戦を起こすとは思えないのだ」

「わたくしもです。おそらく、うじまさは…おどされているのではないでしょうか」

「魔王か?」

「いえ…かくしんはありませんが…」


謙信が一つの可能性として口にした男の名は、魔王でも覇王でも無く、また別の存在であった。
信玄にはその者が、北条と繋がる理由が思い当たらなかったが、しかし、黒幕が誰であろうとも、北条との衝突は避けられないのだろう。

悲しき戦が始まる。
武田と上杉が手を組めば、多少の犠牲は払えども、北条を打ち破ることなど容易だ。
だが…、代償が大きすぎる。
これ以上、愛娘に苦しみを背負わせる訳にはいかなかった。


「さくらは、ないてしまうでしょうね。やさしいむすめ、ほんとうはだれよりもよわく、はかない」

「儂が守る。あの日、桜に出逢った瞬間、この先どれほど過酷な運命が待ち構えていようとも、娘を守り通すと決めたのだ」


乱世を生き抜く術を教えられないままに放り出されし、か弱き娘。
桜は己の全てを知っていた。
信玄にも分からない、自身の素性を。
だが、今の桜、の傍に居る異質な"彼"は、事実を知らない。

伝えない方が良い、と謙信は思うのだ。
真実を(もしかすると謙信も、まだ全てを把握した訳ではないのかもしれない。さらに残酷な現実を)知られてしまったら、彼は桜を置いて消えてしまうだろう。
それほど、桜の生い立ちは複雑で、悲しいものであった。


(ああ、さくらひめ…あなたは…)


花のように愛らしい笑みを浮かべた少女。
彼女は嘘偽り無く、本物の桜だ。
違うのは、独りではなくなった。
ただ、それだけのこと。



END

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