異なる選択



元来、桜は笑わない娘であった。
娘を赤子の頃から知る上杉謙信も、桜の笑った顔をほとんど目にしたことがなかったのだ。


「謙信よ、どうじゃ?儂はお主に何を言われようとも、あの娘を信じる。…だが、お主の意見も聞いておきたい」

「そうですね。わたくしがみるかぎり、さくらにまちがいありません」

「…それを聞いて安心したわい」


以前とは比べ物にならないほどの、性格の変容を目の当たりにしてみれば、信玄の戸惑いも頷ける。
桜が嘘を付いて我々を騙しているのではないか、という疑念。

この戦乱の世、実の親子であれど気を許してはならない。
地位を、命を狙うことが珍しくはないからだ。
それでも信玄は、娘を信じ続けた。


「なにも、なやむことはありません。ただ、さくらをあいしてあげなさい。さくらのちちは、しんげんだけなのですから」

「…謙信。懲りない男だと呆れるかもしれぬが、もう一度言おう。これから先、儂の側で、共に桜を見守ってはくれぬか?」


武田信玄と上杉謙信は、何度も何度も刀を交えた。
夥しい量の血を流し、命に関わる致命傷を負うこともあったが、偶然が重ねってのことか、はたまた、天命か…
全てが、引き分けに終わったのだった。

最後に川中島へ赴いた日のことを、謙信はよく覚えている。
月は霞み、風は穏やかだった。


「わたくしは、かいのとらのつまにはなりません。ですが、さくらのははでいるつもりです」

「…分かっておる…お主の答えはいつも同じ」

「ふふ、いまはめさきのことをきにかけましょう?さくじつ、ほうじょうにうごきがありました」


謙信の言葉に、ぴくりと反応する信玄。
その顔付きは、愛しい娘を想う顔でもなく、謙信を"女"として見ていた先程とは違う、武将の顔だった。


「かくちのへいをあつめ、まずはかい、そしてえちごに、せめいるつもりなのでしょう」

「儂も忍びを偵察に向かわせておったが、確かに、不審な動きをしていたとの報告を受けておる。だが、まさか本当に…」


 

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