目に見えぬもの
それから暫く、信玄様と謙信様は引き続き国政についての話し合いをすると言うから、オレは一足先に部屋に戻ることにした。
思った以上に緊張していたらしく、廊下に出た途端、目の前がチカチカするような軽い立ち眩みがして…、なんとか、踏ん張って耐えた。
気を付けて歩かないとな…、転んだだけで大騒ぎになることは間違い無い。
「桜ちゃん、ちょっといい?」
「佐助さん?」
手をひらひら振って、部屋へ向かう桜を呼び止めた佐助さん。
その笑顔を見た瞬間、昨日浴びせられたこっぱずかしい台詞が蘇ってくる。
わわわ忘れろよ!
佐助さんは普通に喋っているのに、オレばっかり赤くなっちゃって、バカみたいじゃん!
「実は、桜ちゃんに会わせたい人が居るんだよね」
「はい、どなたですか?」
「それが、恥ずかしがっちゃって出てこないんだ。ずっと呼んでいるんだけど…」
そう言う佐助さんの目線は、天井に。
桜に会うのが恥ずかしいから、天井裏に逃げ隠れたって?
いつも思うけど、天井ってそう簡単に動けるものなのかな?
埃まみれになるのを覚悟で歩腹前進しなくちゃならないんじゃないか?
「照れ屋さんなんだよ。泣きながら桜ちゃんの心配をしていたのに、いざとなると渋っちゃって」
「余計なことを言うな!私は泣いてなどいない!」
天井裏に潜むのは女の子だったらしい。
佐助さんの言葉を、真っ向から否定する怒声が響いた。
あれ、この声どこかで…聞いたことがあるような…?
天井の板が蹴破られ、木片が粉々になって落下する。
容赦の無さに唖然としてしまった。
くるっと宙返りをし、軽やかに着地したのは、戦国時代にあるまじき金髪が揺れる…なんだか物凄くセクシーな、お姉さん。
彼女はつり上がった瞳で桜を見つめる。
瞬間、息が詰まりそうな…衝撃を受けた。
知ってる……オレは、この人を知っていた。
此処に居るはずのない彼女が、どうして。
「あーあ、怒られるの俺様なのに」
「うるさい!貴様が有りもしない事を桜に吹き込むから…」
「は、はっ…」
破廉恥、って言いたいんじゃないぞ。
確かに彼女の格好は露出が激しくて、幸村様が見たら間違いなく「破廉恥!」だろうけど。
「はるひさん…?」
オレの呟きに、二人は首を傾げた。
だ、だってさ!
オレの友達、チャーリー君に名前を付けてくれた同級生のはるひさんに、似すぎている。
瓜二つと言ってもおかしくはない。
はるひさんの髪は金色じゃなくて黒だったけど、顔付きも声も、そっくりなんだ。
「はるひ…は知らぬが、私はかすがだ。謙信様をお守りする忍。桜、お前が記憶を無くしたことは知っている。だが…本当に…私を忘れたのだな」
「か…かすがさん…っわ!?」
「一緒に来てもらう」
はる、じゃなくてかすがさんに体を抱き上げられ、宙に浮く。
女の子にお姫様抱っこされるなんて、いやだ!!
佐助さんを見たら、笑顔で手を振られた。
えええ…、誘拐とは違う、んだよな?
謙信様に仕えるかすがさんが、桜を連れ去る理由も無いし。
(桜が言っていた、面倒なことになるって、これのことか!?)
真相は分からないけど、かすがさんの…胸が、頭に当たるから、そこばかりに意識が集中してしまい、困ってしまった。
桜が居たら石でも投げつけられそうだ。
いや、オレも一応、健全な男子高校生なんですって!!
END
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