目に見えぬもの
「謙信よ、再会が嬉しいのは分からないでもないが、桜で遊ぶのは程々にな」
「よいではないですか。わたくしは、さくらがふあんにおびえていると、よるもねむれずにいたのですから」
そこまで、桜のことを心配してくださったのか。
桜があんまり近付いちゃダメ、なんて言うからさ…、身構える必要も無かったよ。
「…ですが、とりこしぐろうだったようですね。ここへきてようやく、かくしんしました。さくらは、ひとりではないようです。そうでしょう?」
「え……」
安心した途端、どき、と心臓が跳ねた。
血の気が引く…とまではいかないけれど、数々の口説き文句を浴びせられ、ドキドキしていたのとはまるで違う。
謙信様の瞳には、陰りがないんだ。
透き通るほど綺麗な瞳で、真っ直ぐに桜を、…その中にいるオレを見ている。
(まさか…気付かれた?)
そんなの悪い冗談であってほしい。
でも、今この瞬間に秘密がバレたとは、どうしても思えなかった。謙信様は、オレの存在を初めから…桜が記憶を失ったと聞いた時から、全てを見透かしていたんじゃ?
「それは当然であろう。桜には儂も、幸村も、屋敷の皆もついておる。二度と独りにはさせぬと決めたのだ」
「そ、そうですよね!私、お屋敷の皆さんと仲良く出来るように努力しているんですよ。謙信様にも、ご心配をおかけしてしまいました」
「いいのですよ。さくらがひとをうけいれるようになったのは、あなたのおかげです。わたくしからも、れいをいいます」
おいおい…マジかよ。
明らかに謙信様は、桜とオレ、別々の人間として接している。
それらの言葉は紛れもなく、オレに向けられたものなんだ。
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