目に見えぬもの
「ひいさま、準備は宜しいでしょうか?」
「上杉様がお待ちしておいでです」
「も、もうちょっとー!」
月ちゃんと空ちゃんが、部屋に桜を迎えに来た。
オレはと言えば、雪ちゃんに着付けを手伝ってもらっている最中だ。
着替えに時間がかかりすぎている。
いつもより上等な着物を着せられて(汚したら本気で怒られそうだ)これから、屋敷にいらしてくださった上杉謙信様に謁見するんだ。
髪に桃色の簪を添えたら、着付けは終了。
お客様を待たせてはいけないから、早く行かなくちゃ。
「雪ちゃんは、謙信様ってどんな人か知ってる?」
「聡明で、毘沙門天と謳われる、お美しい方ですよ」
「びしゃもんてん?」
なにそれ?
毘沙門天…神様みたいなものかな?
頭の中では、まだまだ曖昧なイメージ。
オレは謙信様と直接顔を合わせて、そして、納得した。
━━━━━
「謙信よ、此度は桜の為に甲斐まで出向かせてしまったが…、まことに感謝しておるぞ」
「いいのですよ。わたくしも、さくらのかおをみて、あんしんしました」
広い畳部屋に、座っているのはオレと信玄様と、あともう一人。
と言うことはこの人が、謙信様!?
謙信様は紳士的なオジサマではなく、強面な侍でもなかった。
雪ちゃんに毘沙門天っぽいって言われて、ああそうなんだーってやっと頷けたんだけど!
「さくらよ、げんきにしていましたか?」
「は、はい!とても元気です」
「ふふ。しんぱいはいらぬようですね」
う、うるわしい…!
美しさに魅せられ、ドキドキしてしまう。
薔薇が飛んで見えるのは幻覚ですか。
おっとりしているけど気品のある話し方、完璧な立ち振る舞い…、座っているだけで何故だか神々しい。
信玄様と比べるのがおかしいのかもしれないけど、男にしては細いし…綺麗な人だ。
「ああ、さくら…、あまりみつめられると、きたいをしてしまいますよ…?」
「す、すみません…!」
「かわいらしいところはかわりませんね」
男だな、うん。
親が娘に言うような意味だとは分かるんだけど、こう…次から次へ、口説き文句が出てくるもんだよな。
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