姫様の夢 その7
「謙信様自身は素晴らしいお方なのだが…、気を付けるに越したことは無かろう」
「なんだか激しく不安になってきたんですけど…」
胃が痛くなりそうだ。
一日にいろんなことがありすぎて、頭が追い付いていかない。
詰め込みすぎてパンクするんじゃないか。
きっと、この時代に居続ける限り、オレもいつかは戦をこの身に感じることになるのだろう。
信玄様たちが戦で傷付くなんて、考えただけでも胸が痛くなる。
大切な人が血に染まったとき…、オレは平静を保っていられるか?
そんな自信は無いよ、壊れてしまう。
(全てから逃げ出したいって…弱気になって…)
華やかなトランペットの音色。
チャーリー君を構えた桜が、ロングトーン…音を長くのばしていた。
桜に教えたのは基本的な運指ぐらいだけど、無駄な揺れの無い綺麗な音だ。
まだ数日しか練習していないのに、上手になったよな。
「桜…」
「もしお前が、私のために命を落とすようなことになったなら…」
「え…?」
「チャーリーを私の物にしてしまうぞ」
「はっ!?ダメダメ!却下!チャーリー君だけは渡せない!」
シリアスな話になったのかと一瞬どきりとしたけど、前後の繋がりが無い急展開に、マジになって焦った。
だってチャーリー君は、ずっと欲しかったけどものすごく値段が高くて、小遣いやお年玉を貯め続けても全然目標額に届かなくて…
念願のトランペット、チャーリー君を手に入れたのは中学生の時だ。
母さんと父さんが無理をして買ってくれたんだよ、申し訳ないけど、嬉しかった。
それから毎日のように、一緒になって青春を分かち合ってきた相棒なんだぜ!
「ちょ、桜?」
「…すまぬ…、お前は面白い奴だな」
ぶふ、と桜が噴き出して、何かオレの笑い方に似てるなーとか思いながら見てるうちに、ああ、冗談なんだな…と気が付いた。
本気にしちゃったよ!
いくら桜に頼まれても、チャーリー君はあげられないって!
(だけどチャーリー君は、桜のことも好きだよな?)
オレには分かるんだ。
チャーリー君の音が、そう言っているから。
桜が笑ってくれて、嬉しかった。
それだけで、一日の疲れが吹き飛んだような気がするよ。
END
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