言葉なき歌声



「……、」

「え?どうかしました?」


さっきまで和やかな雰囲気だったのに、今は、空気がぴんと張り詰めている。
桜の体を突き放し、小太郎さんは空を見上げた。
冷たい雪が降り続ける白い空を。


「小太郎さ……」


耳に唇を寄せられ、吹き込まれたのは紡がれない声。
…さくら、って。
息の音しか聞こえなかったけれど、小太郎さんは桜の名前を呼んだんだ。

音にならないのに、響きが切ない。
それは…心の叫びだ。
小太郎さんの気持ち、オレには分からないけど、桜、お前には分かるのか?


驚き呆然とするオレを残し、ぶわっと強い風と一緒に小太郎さんの姿は消えていた。

同時に、目の前の大木が音を立てて倒れていく。
振動が心臓にまで伝わってくる。
高く舞い上がった雪が、勢いよく吹き付けてきた。
小さな氷の粒が頬にぶつかって、地味に痛い。


「…逃げられたか」

「さ…佐助さん?」

「遅くなったけど迎えに来たよ、桜ちゃん」


小太郎さんと入れ代わるように、佐助さんがオレの前に現れた。
地を這うような声って、きっとこういう声のことを言うんだ。
目の前に居るのはいつもの佐助さんのはずなのに、背筋がぞっとして、さらに寒気に襲われる。


「ねえ桜ちゃん…こんなに擦り傷作っちゃって、あいつに何をされたの?」

「な、何もされてませんよ!小太郎さんは、足を踏み外して転がっていた私を助けてくださったんです」


佐助さんが手にしている巨大な手裏剣、多分、それで森の大木を薙ぎ倒したんだ。
オレが怪我をさせられたって勘違いして、小太郎さんを狙ったのか?
違うんだよ!酷いことをされたんじゃなくて、小太郎さんはオレを助けてくれたんだよ。

佐助さん、今朝よりもご機嫌斜めだ。
顔は笑っているのに目つきが鋭い。
まさに、はらわた煮えくり返るって感じで、今の佐助さんは腹の底から怒っている。
視線だけで人を殺せてしまいそうだ。


「…ふうん、あの風魔がね…」

「嘘は言ってません。信じてください!」

「桜ちゃんさ、あいつを知っているの?風魔小太郎は敵国の忍びなんだよ」


小太郎さんが、敵国の忍び!?
だから…、素顔を隠していたんだな。
え、じゃあ、桜はどうやって小太郎さんと親しくなったんだ?
小太郎さんだってさ、さすがに、桜が甲斐の姫だと知らないはずはないだろ…?

佐助さんが怒っているのは、オレが軽率な行動をとったからだ。
本当なら、殺されたり誘拐されたりしてもおかしくない状況だった。
誰よりも桜のことを心配しているから、怒ってくれたんだ。

だけど、怒り方が尋常ではない。
既に姿を消した小太郎さんだけではなく、桜にまで殺気が向けられているような気がしてならない。


 

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