言葉なき歌声
ガタガタと体が震えているのは、寒さのせいではない。
チャーリー君は冷たいけれど、今はその温度がリアルで、オレはちゃんとこの世界に生きているんだって、実感した。
「う…うっ…、マジで、本当に死んじゃうかと…!」
「……、」
目の前の男が誰かなのかは分からない。
多分、涙を流す桜を抱きしめているこの人が、オレの捜していた赤い花の人だ。
震えも嗚咽も、なかなか止まらなかった。
安堵する気持ちと、さっきまでの恐怖とが合わさって、オレは声を押し殺して泣いた。
今まで生きてきた人生の中で、一番やばかったと思う。
彼は落ち着かせようと背を撫でてくれて、オレはゆっくり深呼吸し、少しずつ肩の力を抜いた。
涙で濡れた顔を男の胸に埋める。
無性に、他人の体温を感じたかったんだ。
「お助けくださって、ありがとう…ございました…」
「……、」
どういう訳か、返事は無いけれど、桜を抱く腕にそっと力が込められる。
この人…、桜のこと、本気で大切に想ってくれていたんじゃないかな。
そうじゃなきゃ、こんなに優しく…佐助さんがするのと変わらないぐらい丁寧に、女の子を抱き締められないよ。
ごめん、中身は全くの別人だけど、桜はここにいるから。
漸く震えもおさまって、まともに喋れるようになったオレは、顔を上げて男を見た。
綺麗な茜色の髪の毛。
大部分が兜や口元を覆う布に隠されていて見えないんだけど、不思議と、怖い人だとは思わなかった。
そう言えば、一瞬、脳に響いた桜の声は、小太郎って…
それ、この人の名前?
桜は花の人と知り合いだったのか?
「あの…、以前、私に花をくださったのは…小太郎さん、ですか?」
恐る恐る問えば、男はこくっと頷く。
か、可愛いじゃないか小太郎さん!
間違いなく年上だろうが、なんだか…幼く見えてきたぞ。
「ありがとうございました。私、小太郎さんの花のおかげで、とても幸せな気持ちになれたんですよ?ずっと、お礼を言いたかったんです」
「……、」
「……、えっと…私、記憶が曖昧で…」
大きく首を縦に、頷いてくれる。
桜の記憶喪失のことは噂になっているらしいし、小太郎さんの耳にも入っていたみたいだ。
オレの言葉…聞こえては、いるんだよな?
やっぱり、相手の目が見えないと、感情が読めなくて困る。
もしや…小太郎さん、オレが桜じゃないと見抜いたのか!?
子供みたいに泣きまくって、オレには気品も無ければ昔の桜の面影も無い。
疑われても仕方ない状況だけどさ、どう弁解すればいいんだ!?
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