緩やかな流れ



静けさに満たされていた道場。
聞こえるのはオレの息と、チャーリー君の音色だけだったはず。
突如、響き渡った場違いな音に、心臓が飛び出そうになった。


(び、びっくりした…、でも、こんな寒い日に誰が…、もしかして、桜に花をくれた人だったりする?)


確信は無いけど、考えるよりも先に、オレは扉を開けて外に出た。
その人に会ってみたい。
桜に好意を寄せて花を贈ってくれたのなら、お礼を言わなければ。


(オレの音楽、聴いてくれたりしないかな?一人で練習し続けるのも、流石にきつい…)


雪に覆われた森。
高い木に積もった雪が、白粉のように細かく舞い、きらめいている。
まだ冬になったばかりだけど、動物たちは冬眠していることを祈ろう。

下を見れば、雪面に人間の足跡が続いていることに気が付いた。
大きさ的に、大人の男のものだろうか。

待っていてくれたらよかったのに。
そもそも、驚かせておいて自分はさっさと帰っちゃうなんて…、何がしたいんだ?


「ちょっと…、待ってくださーい!」


感覚が無くなりそうなほど冷えてしまったチャーリー君を手にしたまま、オレは足跡を追った。
頬に当たる風がとても冷たい。
よそ風程度なんだけど、雪が混じって吹き付けてくるから視界も悪く、転びそうだ。


「っ!?」


転ん…だんじゃない。
ガクンと足場が崩れてから、オレは佐助さんの言葉を思いだした。
この辺りの森は獣が出る、そして地盤が悪くて危険だ、だから無闇に出歩くなと。


「……っ…!」


本気で生命の危機を感じると、悲鳴も出てこないらしい。
何が起こったか理解出来ないけど、オレはチャーリー君を抱き締めて落とさないようにと必死だった。
ただ、冷たい雪にまみれて、体を打ち付ける痛みを断続的に感じていた。

地盤が崩れて斜面を転がっている?
それとも足を踏み外して落下してるのか?
どちらにしろ、打ち所が悪かったら死んでしまうかもしれない。


(こんな所で、本当のオレを知る人がいないこの世界で死ぬなんて嫌だ…、絶対嫌だっ!)


何度も佐助さんの名前を呼んだけど、声になっていなかったからきっと届かない。
ああ、駄目なのか?
まだオレ、桜のために何もしてやれていないのに!



『小太郎!!』


桜の声が聞こえた、気がした。
オレと同じぐらい必死になって、誰かの名前を叫んでいた。


風に揺れた男の髪はオレの好きなオレンジ色じゃなくて…、少し暗めの赤い色。
得体の知れない恐怖と寂しさは、いつの間にか抱き締められていた男の腕の中で、涙と一緒に流れていった。



END

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