緩やかな流れ
信玄様の部屋の前に行けば、オレよりも先に挨拶をしに行ったらしい幸村様が、信玄様といつも通り叫び合っているのが分かった。
襖一枚挟んだ廊下にまで、振動が伝わってくる。
実際に目にしなくても、二人の様子が鮮明に想像出来た。
「桜です、失礼します」
「おお桜!待っておったぞ!」
以前、雪ちゃんに教わった作法通りに入室しようとしたんだけど、オレが手をかける前にガラッと勢いよく襖が開き、そのまま信玄様に抱きしめられていた。
「桜よ、奥州はどうであった?政宗公には良くしてもらえたか?」
「はい、とても楽しかったです。政宗様もお優しい方でした」
「そうかそうか!」
大きく口を開けて笑う信玄様は、桜を軽々と抱き上げる。
これも父親の愛情表現なんだろう。
だけど…幼い子供にするならまだしも、桜は子供じゃないし、オレだって高校生なのに!
「幸村ァ!いつまで寝ておる!」
「…もっ、申し訳ございませぬぅう!!」
見れば、幸村様は信玄様にぶっ飛ばされて、気絶していたらしい。
きっと信玄様は、桜に会いたい一心で、いつものやり取りにも力が入り、加減が出来なかったんだろう。
「急だが明日、上杉謙信を甲斐に招くことになった。幸村よ、分かっておるな」
「勿論にございます」
「桜、お主には改めて、謙信について話すとしよう」
謙信様を、甲斐にお招きする?
しかも明日!?
いつかお会いすることになるだろうとは思っていたけど、いきなりですね。
信玄様と謙信様。
二人はライバルで、何度も戦ったけど結局引き分けばっかりだった…ってのは有名な話だし、歴史の授業でも習った内容だ。
桜は、謙信様に会ったことがあるようだ。
信玄様のお知り合いだから、当然と言えば当然かもしれない。
あぐらを組んで座った信玄様は、抱きしめたまま桜を離そうとしなかった。
も、もしかして抱っこされたままで話を聞けと仰るんですか?
少し離れた場所で、幸村様はきちんと座っているのに、オレばっかりこんな体勢で…カッコ悪いじゃないか!
…いや、羨ましいぜって視線を感じる(信玄様に抱っこされたいという訳ではないだろうが)。
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