緩やかな流れ
お帰りなさい、が当たり前になった。
些細なことだけど、ものすごく嬉しいんだ。
「ひいさま、お帰りなさいませ!」
「私、ひいさまがいらっしゃらなくて寂しかったです…」
「みんな、ただいま!」
空ちゃんと月ちゃんが迎えてくれる。
二人の後ろで、困ったように苦笑いしているのが雪ちゃんだ。
よし、見分けがつくようになってきた!
「雪ちゃん、新しい着物を用意してくれるかな?」
「畏まりました。少々お待ちください」
甲斐の国は、綿のように真っ白な雪に包まれていた。
こっちも奥州と同じように雪が降ったらしく、見知っていたはずの景色が姿を変えていて、ちょっと寂しい感じがする。
まずは、信玄様に顔を見せに行こう。
ただいまの挨拶をしなくちゃ!
無事に帰って来たことを報告しないとな。
(ってか…佐助さんもういなくなってる)
着物に袖を通しながら、部屋を見渡す。
今更だが、佐助さんの姿が見えないことに気が付いた。
カー君で空を飛ぶのもようやく慣れた。
上空から、馬で走る幸村様に手を振れるぐらいの余裕も出来た。
でも、佐助さん…、よく分からないけど、異様に機嫌悪かったんだよな。
あんまり話しかけてくれなかったしな。
今朝、起こしてくれたときは、普段と全く変わりなかったのに、オレ…何か、気に障ることをしたのか?
思い当たることと言えば…、やっぱり、政宗様?
昨日の乱闘騒ぎの件なら、怪我は痕が残るような大袈裟なものではないし、ほっぺにキスだってさ…、お戯れって言うか、政宗様が言うように異国の親愛の表現だ。
じゃあ、いったい何が気に入らないんだ。
はっきり言ってくれなきゃ分からないって。
「…ばーか」
机の上に置いてある花瓶の傍に、赤い花びらが数枚落ちていた。
…あの花が枯れてしまったんだ。
名も知らぬ誰かさんに与えられたそれは、オレと桜の小さな幸せだったのにな。
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