闇に舞う雪



別に、有り得ない話じゃない。
旦那は大将のお気に入りで、娘を与えても申し分のない男だと認めているんだ。
俺様だって、桜姫様が他国の大名に貰われるよりは、旦那の妻になってくれた方が…


「佐助、…俺は…」

「深く考えなくて良いと思いますよ。今は余計な事に気を使う時期じゃないでしょう」

「余計な事ではない!それと敬語はよせ」

「…はあ」


こうやって馬に乗れば、厳格な雰囲気の武将に見えるのにね。
やっぱり、俺様の頭の中に、幼い弁丸様が残っているから、妻を娶るのはまだ早いと思ってしまうのだろうか。
この人はもう、食欲ばかり発達しちゃって…、人として当たり前の欲求はきちんと備わっているはずだ、期待させてほしい。


「旦那はさ、姫様を抱きたいと思ったことはある?」

「だ、抱くとは…、そのような事を!!佐助、破廉恥でござるぞ!」

「破廉恥言わないで。俺様至って真面目に聞いているつもりなんだけどー」


思えば、旦那と色事について語ったことは一度もなかった。
でも、旦那だって年頃の男の子だもんね、興味無いはずがないよね。


「分からぬ…俺には、よく分からない」

「…俺様はあるよ。桜姫様に、卑しい感情を抱いたことがある」

「それはまことか?」


嘘かと聞かれたら嘘かもしれないし、本当と言えばまあ、本当だ。
忍び風情が一国の姫に抱いて良い感情ではない、けれど。

旦那は俺様を人間扱いしてくれる。
だから俺様は、旦那の前でだけ人になる。


「俺様だって男だし?普通の事なんだよ、可愛い女の子に反応するのは。おかしくなんてない」

「…佐助は、桜殿を好いておるのか?」


ああ、真剣なんだな。
旦那は確認をしたいんだ。
桜姫様を女性として、…こういうことは言いたくないけど、性の対象として見ることが果たして許されるのかと、俺様の答えを待っている。

そう言う旦那はさ、どっちの姫様が好きなんだよ?
聞くまでもないよな、気になっているのは、桜ちゃんのことなんだろ?
それなら、俺様の答えは…


「…好きだよ。でもね、俺様の一番は旦那だ。この気持ちは今も昔も変わってないよ」


大地を駆ける、馬の蹄の音。
肌を刺すほどに冷たい風が吹く。
空に浮かぶ黄金色の月は雲に隠れ、完全な闇に包まれる。

旦那が俺様を呼んでいる。
弁丸様だった頃とは違う、低い声で。

俺様は、誰よりも旦那が好きなんだよ。
一時でも俺様を人間にしてくれた貴方には、人一倍の幸せを掴んでほしいと、心から願う。


「佐助ぇええっ!!その絶対的な忠誠心、俺は心の底から感激したぞ!」

「あは、そんなに?」

「この先俺は、佐助無しでは生きていけぬのだろう。佐助はまるで母上のようだな」


え、俺様…お母さんみたい?
それは、どうなんだ?喜ぶべきところなの?
いやー、複雑な心境ですね。

この調子だと、奥州に着くのは明け方頃になりそうだ。
桜ちゃん、俺様に会えなくて寂しがっていないかな。
まずは、朝の挨拶をしよう。
それだけで、喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

ふわりと、冷たい雪が舞い降りた。



END

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