悲しみの真相



いつきの声が聞こえた。
政宗はぴたりと足を止め、息を殺す。
存在を悟られないよう注意をし、縁側の様子をうかがった。


(桜姫…アンタ、本当は…)


いつきを抱きしめ、愛おしそうに髪を撫でる姫を見た。
まるで我が子をあやす母のように。
政宗は視線をそらすことが出来なかった。
心臓が狂うように脈打ち、あるはずのない右目が痛んだ。

どう見ても、苦し紛れに言い訳をしても、桜の瞳は到底氷とは言えない、あたたかい眼差しで…


(ふざけるな…俺は何を期待している?桜姫が母性を持っていたから何だ?母上は違う!姫とは…違う…)


今まで政宗は、桜と母を重ねて見てきた。
母そのものとして桜に接していたのだ。
憎しみを向け、恨みをぶつけることで政宗は自らを救おうとした。

醜い息子を毒殺しようと考えた残酷な母。
優しい瞳でいつきを見ている桜のせいで、政宗は、母も自分を愛していたのではないかと錯覚し、嘲笑う。
全く繋がりのない、別の人間同士なのに。

つまらない理由で桜を咎め続けたことを、政宗は僅かに悔いた。


…喩え、父のその言葉が嘘偽りであっても。
不思議なもので、ずっしりとのし掛かっていた重い枷が外れた気がした。

父を殺したのは政宗だった。
自分を憎み蔑む母、そして死した父に、政宗は罪の意識を抱き続けていた。


「政宗様!?」

「Hey…小十郎…」


桜が気を失い倒れ込んですぐ、襖を開け小十郎が駆け込んで来る。
政宗が桜に手をあげた時には、すぐ近くに居たのかもしれない。
ただ事とは思えない空気に、小十郎は顔をしかめていた。


「何があったのですか?姫様は…」

「俺にも分からねぇが…父上に逢った」

「…そうでしたか」


小十郎はそれ以上を問いたださなかった。
主の口にした一言だけで、桜姫との間に何が起きたのか大方悟ったというのもあるが、信じているのだ。
政宗の言うことは、間違いなく真実であると。


「princess、どんな奇術を使ったんだ…?」


瞳を閉じる桜の頬に触れ、そして唇の端に流れていた血を拭う。
怒りに任せて暴力を奮ったことを思いだし、政宗は深く溜め息を漏らした。

桜は静かに眠っている。
呼吸は安定しているが、顔色が悪い。


(思えば、姫は俺を嫌いだと言ったことは無かったな。今も、記憶を失う前も)


彼女の冷たい瞳の奥には、今にも泣き出しそうな瞳があった。
気付くことができなかったのは、政宗が桜を見ようとしていなかったからだ。


「政宗様は、素直になられた方が宜しいかと」

「癪に障るが…認めてやるか。今日まで俺は、年下の女に母親の愛情を求めていたって訳だ」


彼女に自身の恋を語ったあの日。
俯いたまま微かに笑みを携え、桜は狼狽する政宗に告げた。


『愛を言葉に出来る貴方が羨ましい』


誰かを愛することが出来るのは、愛の意味を知り、愛された記憶がある人間だけだ。



END

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