龍の目に涙



「姫様…桜姫様」

「ん…、あれ…、小十郎さん?」


いつきちゃんの子供体温を感じていたせいか、オレはウトウトしていたようで。
人様の家でうたた寝しちゃ駄目だろ…小十郎さんは何も言わないけど、反省しよう。


「いつきは…眠ってしまったのですか。部屋に運びましょう」


このままでは風邪をひかせてしまうからと、小十郎さんはオレにべったりくっついていたいつきちゃんを抱き上げた。


「政宗様が姫様を呼んでおられました」

「え、政宗様が?」


うわ、呼び出しですか。
何を言われるかは定かではないけど、それが良い話でないことは確かだ。
城下でのことだよな、やっぱり。
オレも政宗様を散々に挑発して、謝罪も無しに帰って来てしまった訳だ。

嫌な予感しかしない。
このまま逃げ出したいです、だけど小十郎さんに見張られているから無理か…


「政宗様と友達になりたいのでしたよね?」

「あ……」

「逃げずに本気でぶつかれば想いは伝わりますよ。政宗様は、お優しい方ですから」


…友達になりたいよ、なれるものなら。
片目が見えないからって、政宗様が醜い人だとは思えない。
病気だもん、仕方がないことだ。
苦しみに耐え抜いて生きていてくれただけでも、家族や友達なら普通、涙を流して喜ぶはずだろ。

政宗様は…さくらだって…家族とまた笑って過ごしたいから、病気に打ち勝とうと死ぬ気で頑張っていたんだ。
沢山傷付いて、ボロボロになって、でも、小十郎さんはそんな政宗様をお優しい人だって言う。
それならきっと、分かってくれるだろ?
政宗様、桜の本当を知ってほしい。

貴方が桜を殺したいほどに嫌っていたとしても、桜は政宗様を憎んでいる訳じゃないんだよ。
幸村様に見せるような笑みを、オレ達にも見せてください。


はあー、と深く息を吐いて…、深呼吸を繰り返す。
政宗様の私室前にいるんだけど、心臓が破裂しそうで、足も竦んで動けない。

室内に入ってしまえばそれまでなんだろうけど、オレにしたら入室と退室が一番緊張するところだ。
英語検定の面接を思い出した。
ノックをして、英語で挨拶してから面接場に入るんだ。
あの時はめちゃくちゃ緊張したな!
純日本人に英語使わせるなよ、でも、それを言ったら政宗様っていったい…?


「桜です。may I come in please?」

「…OK」


教科書レベルの英語を並べてみる。
共通の話題として英語が役立つかと思ったけど、政宗様の反応は宜しくない。
むしろ桜への疑いが強くなっただけだろうか。


「し、失礼します」


暗い室内の隅に置いてある行灯が、ぼんやりと光っている。
綺麗に整頓された本棚にあるのは、タイトルが英語で書かれたものばかりだ。


 

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