切ない愛情



「ちょっと思い付かないな。私、昔の記憶が無いんだよね」

「そ、そうだっただか…。なら、ねえちゃんが、今一番会いたい人は誰か思い浮かべてみるだ!その人が、ねえちゃんの大事な人だべ」

「会いたい人…」


オレが…会いたいのは…、
言われてすぐに思い浮かんだのは、不思議なことに、桜だった。

はっ?何故だ!!何で桜が出てきたんだ?
毎晩顔を合わせているのに…、桜に会いたいって?


「うう…、混乱してきた…」


桜がオレの大事な人であることは事実だけど。
でも、桜を恋愛対象として見ているつもりはない。
むしろ、桜は…妹?
可愛がって守ってあげるべき対象だ。
…自分について考えたって意味が無いじゃないか、桜の恋について話していたのに。

短時間でも頭を悩ませるのは疲れる。
しかも恋バナってやつだ。
女の子はこういう話、好きだろうけど、オレには難題すぎる。


「好きな人ができたとしても…ねえちゃんはお姫様だから、えらい殿様と結婚させられるんだろ?嫌でねぇのか?」

「んー、政略結婚は勘弁して欲しいな…せめて自分で選ばせてくださいって言いたいね」

「もし、身分の違う男を好きになったら、ねえちゃんはどうする?」


どくん、と心臓が跳ねた。
桜……?
オレの中で桜もいつきちゃんとの会話を聞いている。
身分違いの恋。
この問いは、桜にとって意味があること?


「いつきちゃんなら、どうするの?」

「諦めるしかねぇだよ。おらは農民だから…、えらいお人と並んで歩くことは許されねぇ。でもな、少しでも仲良くなりたいだ。ずっと一緒にいられなくても、おらが居たことを、心に刻んでくれれば…いいだ」


想像じゃなくて、これは現実だ。
いつきちゃんの好きな人ってのは、手の届かないような、高貴な人なんだろう。
身分の差がはっきりしている時代だ。
農民だから、身を引かなくてはならない。

きっと、いつきちゃんも、よく分かっているはずなんだ。
だから…、願ってしまう。
結ばれなくても良い、自分のことが思い出になっても、心の片隅に残してほしいと。

いつきちゃんに好かれた男、幸せ者だぞ!
触れるのも躊躇われるほど、純粋な恋心。
彼女の思いが告げられることは、きっと無い。
でも、オレはいつきちゃんを尊敬するよ。
もっと心が強くなる。
いつきちゃんは将来、誰よりも可愛らしい女性に、素敵なお母さんになってくれる。


「私なりの答えを、探してみるね。見つけてみせるよ!身分の差なんて関係無いんだって、胸張って言えるように…」

「…ねえちゃん」

「ん、おいで?いつきちゃん」


くしゃっと顔を歪め、鼻をすすり…いつきちゃんは、ぎゅ、と桜に抱きついていた。
泣き声を押し殺し、胸に顔を埋める。
大人びていても、まだまだ子供だ。

つらいこと、悲しいこと…叶わない恋心を封じ込めて。
精神的な苦しみを受け止めるのが精一杯。
いつきちゃんの涙は、痛々しくて見ていられなかった。


(桜だったらどうする?政略結婚を言い渡されたところで、お前なら素直に頷かないだろ?)


オレはいつきちゃんの髪を撫で、小さな体を抱きしめてあげた。
本当に、よく頑張ったよな。
昔、さくらにしていたことを思い出し、包み込むようにして抱き締める。

泣き疲れたいつきちゃんが眠ってしまうまで、オレは柔らかな髪を撫で続けた。



END

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