切ない愛情
「こ…小十郎さん」
「……、俺は好きですよ。確かに甘いが…何処か懐かしい味がする」
あれ、褒めてくれた?
予想外の反応に、オレは小十郎さんを見つめたまま固まってしまった。
懐かしい味か…そうだよ、オレにとっては強く記憶に残っている母親の味なんだ。
ありがとう小十郎さん。
実はお世辞かもしれないけど…オレの母さんを褒められているみたいで、嬉しかった。
「懐かしい味…ってどんなんだ?おらにはよく分かんねぇべ」
「そうだねぇ…味だけじゃなくて…作ってくれた人のことや思い出も一緒に蘇ってくるから、懐かしいって感じるんじゃないかな?」
小十郎さんも母親に甘い卵焼きを作ってもらったことがあったのかもしれない。
懐かしむってことは、思い出になっているってことで…、料理の味と一緒にいろいろなことを思い出す。
楽しい思い出だと良いよな。
悲しいことは要らない。
辛いことばかり覚えていたって、何も良いことは無いんだ。
――――
鹿おどしがカコンと静かな庭に響き渡る。
これこそ、日本の古き良き庭園だ。
オレといつきちゃんは縁側に座ってお茶を飲んでいた。
本当、何のために遠路遙々来たのやら…。
いつきちゃんはがっくりと肩を落としていた。
結局、お料理教室は失敗に終わっちゃったんだよな…
火を使う前までは完璧だったんだ。
オレもあそこまで燃え上がるとは夢にも思わなかったけど、失敗は成功のもとって言うし!
……、マシなフォローの言葉が思い付かない。
「おらの料理はダメダメだべ。ねえちゃんの卵焼きの方が…食べた人も喜んでくれる」
「小十郎さんは例外だと思うよ?私の味覚は変わっているみたいだし…」
「そんなこたねぇ!おらも…美味しいって言ってもらいたかっただ」
いつきちゃん…、誰か、料理を作ってあげたい人がいるのか?
その人に手料理を食べてもらって、美味しいって、笑顔が見たくて。
だからこんなにも悔しがって、泣きそうになっているんだ。
「…いつきちゃん、好きな人がいるの?」
「ななななにを言うだ!おら、そんなのまだ分からねぇだ!そう言うねえちゃんはどうなんだ?良い人がいるだか?」
「え?」
マセてるなぁ、誰だよ教えろよーとからかいたくなったけど、それよりも、オレはいつきちゃんの質問に頭を悩ませた。
桜の好きな人って?
え、桜にも好きな人がいるの?
考えたこともなかった。
あの桜が普通の男を好きになるだろうか?
姫様に憧れて近付く男は沢山いそうだけど、桜が認める男は、簡単には見つからない気がする。
でも、桜だって年頃の女の子だし、初恋ぐらいはもう済んでるだろ?
…そう言うオレは、初恋もまだだけど。
いいんだ、オレの青春は音楽とチャーリー君で終わる予定だから気にしない。
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