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空の色の髪をした女性――――東雲鶯の首をぎりぎりと絞め上げる有間は、まるで鬼女だ。何か大きな脅威が差し迫ったかのような恐ろしい形相で、女性を排除せんとする。クラウスが後ろから抱き込むようにして放そうとしても無駄だった。
見た目とは裏腹な力に、クラウスは危機感を感じた。これでは、本当に彼女を殺しかねないと冷や汗を流した。
ティアナでさえ、彼女は聞く耳を持たない。
鶯の身内が有間と何か確執があるようだった。
それが、有間にとっては殺害してまで排除したいことなのか。
不意に、いつの間にか人間の姿に戻っていたアルフレートがクラウスを呼んだ。任せろと視線で言うのに、クラウスは大人しく従う。有間の行動の原因に、心当たりがある風だったのだ。
アルフレートはクラウスに小さく礼を言って彼女の腕を後ろから掴んだ。
「東雲将軍だな?」
「……っ」
人名に反応して有間が一瞬力が弛める。
その隙に有間を強引に引き寄せたアルフレートは椅子に座らせた。
咳き込む鶯を強く睨む有間の前に立って、アルフレートは彼女に声をかけた。
「ここに来たのは、東雲朱鷺将軍の復讐をする為か?」
「東雲将軍って――――あ! アリマが殺したって、言ってた人……?」
「何だと……?」
マティアスも、有間の様子とティアナの発言に剣呑なモノを感じてベッドから降りる。
鶯は落ち着くと、居住まいを正してその場に正座した。三つ指を付いて深々とこうべを垂れた。額が、冷たくざらついた石造りの地面に当たる。
アルフレートが、双剣の柄に手をかけた。
「お初にお目にかかります。東雲朱鷺の妹、東雲鶯と申します。ここへは、兄の遺志を継ぐ為に参りました」
「東雲将軍の遺志となると……俺達には復讐としか思い付かないのだが」
鶯は顔を上げて「いいえ」と首を左右に振った。
「私は、兄の代わりに邪眼一族をお守りしたいのです」
有間が反応して立ち上がろうとするのをすかさずティアナが押し止めた。歯を剥いて、ともすれば再び躍り掛かりそうな気迫である。狩間に代わるでもなくこんな顔をする有間は初めてだ。
マティアスは有間を一瞥し、鶯を促した。
「我が兄には生涯愛し続けると決めた、邪眼一族の女性がおりました。その方はもう数年前に病で亡くなられておりますが、兄はそれでもなお愛し続けておられました。ですから、有間様に殺されてしまった際も、その方と同じ一族の有間様を救おうとした末路であると、我ら一族は分かっておりました」
「……」
「私も、兄と婚約なされた、義姉となられる筈だったあの方には大恩がございます。そして多大なるご迷惑をおかけ致し、許していただきました。私はそれらに報いる為にも、兄の想いを継ぐ為にも、何としても、有間様、狭間様ご両人をお助けしたいのでございます。勿論、我らの思いなど、皆様に信じていただくことは難しいでしょう。捨て駒としてお使い下さっても構いませぬ」
有間はがたりと立ち上がった。無言で、ふらりと地下通路の方へと身体を滑り込ませる。
それを追おうとした鶯をすかさずマティアスが止めた。代わりにアルフレートに目配せする。
「アリマのことは、オレに任せてくれ。……彼女も、状況については分かっているだろうから、無闇に事を荒立てないように部屋を出たのだと思う」
「……そうね。私もそう思う」
だけど、さっきのアリマの様子は……。
その後に続く言葉を躊躇い、呑み込む。
有間が東雲将軍という人物を殺害していたことを、すっかり失念していた。ベルントに殺されかけたマティアスのことで頭が一杯だった所為もあるだろうが、聞き覚えがある名前だと感じた時点で思い出そうとすれば良かったのだ。そうすれば、事前に手紙に書いておくことも出来たのに……。
己の不甲斐無さに下唇を噛む。
「では、話はアリマが落ち着いてからにしよう」
「ああ」
アルフレートはティアナの肩を叩き、有間を追いかけた。
有間に拒絶された鶯は、しゅんと肩を落とし、気落ちしていた。
‡‡‡
右腕がむずむずと落ち着かない。
あの時の肉の感触がまとわりつく。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
右腕を抱き込んで、有間はその場に座り込む。
どくどくと心臓が早鐘を打つ。息が段々と荒くなっていく。
恐怖が、罪悪感が、気味の悪い興奮を煽った。
右腕を、無性に切り落としたかった。
切り落とせば楽に慣れそうな、そんな妄想じみた思考が脳裏をよぎった。
今もなお、彼は有間を苛む。
『ですから、有間様に殺されてしまった際も、その方と同じ一族の有間様を救おうとした末路であると、我ら一族は分かっておりました』
……違う。
そんな訳がない。
あいつは、あの男は、うちを殺そうとしたんだ。助けようとした訳がない。
あいつは、ヒノモトの人間だ。
あれは絶対に嘘なのだ。
そうに、決まっている――――。
全てを拒絶するように、目を堅く瞑って口を引き結ぶ。
不意に眼裏を掠ったのは、東雲朱鷺の最期の死に顔。
安堵したような、穏やかな微笑みだった。
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