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アルフレートは馬の様子を確認していた。少々表情が堅いのは先程の出来事の所為か。
鯨に呼ばれ振り返った先に有間の姿を確認するや否や、彼は飛びかからんばかりの勢いで有間に駆け寄って双肩を掴んだ。必死の形相で顔を寄せてくる。近い近い近い。
「アリマ! もう大丈夫なのか!?」
「う、うん。大丈夫……だけど、顔が近いがな、唾飛んどるがな」
アルフレートの額をぐいと押すと、彼も至近距離に気が付いて慌てて身を離した。狼狽えながら謝って、こちらに背中を向ける。
怪訝に様子を眺めていると、気を取り直して向き直り、鯨を見やった。
「アリマはこのまま同行させて良いのか?」
「問題はありません。傷もじきに癒えます。毒も、解毒剤を服用させたので中途半端に毒が残る心配も無い」
心配ないと断じる鯨に、アルフレートは頷いた。腕を組む。
「それで、アリマが目覚めた時に矢文を確認するんだったな。先にイサ殿が確認すると言っていたが……どうだった?」
「ルナールに有間のことが知られてしまったようです」
淡々と、彼は告げた。
有間は瞠目し、アルフレートと顔も見合わせる。
ああ、そうか。さっき彼が訊いてきたのはこれだったのか。
だがあの時有間は自分の両親のことなど知る由(よし)も無い。あの商人に返した答えもただルナールの生まれではなくヒノモト人であるとだけ。ただ商人の知り合いに似ていたと言うだけで、結びつける情報は一切含まれていないではないか。
渋面を作った有間に、鯨は目を細めた。
「イベリスと邪眼一族の男の間に子供がいたことはルナールの要人には知られている。ただ、今まではそれが不確かな情報であった為に、特に問題視もされていなかっただけだ。だが、このカトライアで、イベリスにそっくりな娘がいれば、それは真実に近付く。イベリスの肖像画は今でもルナールの城に飾られているからな。城で働く者は誰もが知った顔だ」
「そんなにそっくりなのか、アリマと母君は」
鯨は深く頷いた。
「ええ。彼女の生き写しと言っても良い程に。ですから他人の空似と誤魔化せはしないでしょう。特に、有間を見つけてしまった男には」
世の中には良く似た人間が三人はいるとよく言われる。
けれども、とてもそれでは説明出来ない程に、有間は母親と瓜二つなのだ。まるで、娘の誕生と同時に息を引き取ったイベリス自身の人生を、有間(むすめ)が引き継いだかのように。
「……言っておくがな、有間。お前が混乱した時に書物をそらんずるのはイベリスの癖だ。方言が混じるのは狭間に似たようだが」
「えええ……」
記憶に無い両親に似ていると言われても、複雑な心境である。いや、失礼な話だが、少し不気味だ。
えずくような素振りを見せて、若干嫌そうに顔を歪める有間に、鯨は目を伏せた。しかし親友の娘を咎めるようなことはせず、懐から取り出した矢文を取り出して開く。
「この文には、有間をイベリスの忘れ形見として、ルナールに返すように言っている。アルフレート殿下を狙った筈の矢が、取り返したかったイベリスの娘に刺さったのは皮肉だが」
だがこれで、ルナールに別の大義名分が立ったのは事実ですね。
静かに告げる鯨に、アルフレートは眉間に皺を寄せて首肯した。
「……ああ。これで拒否をすれば、皇帝の身内を人質にしているとして今回の侵攻が正当化されてしまう」
「え、うちにルナールに行けって?」
止めてよそんなの。
本心から拒絶すると鯨に軽く頭をはたかれた。
「止めた方が良い。イベリスは皇帝とは不仲だった。お前がルナールに行ったとしても国を捨てた女の娘だとされ、決して尊重はされない。子を産む為の道具にされるだけだ。最悪【最後の魔女】と同じ扱いになる」
鯨は冷淡な口調で言う。そこには明らかな軽蔑が含まれていた。ルナールの、【最後の魔女】に対する扱いを知るが故だろう。【最後の魔女】の遠戚であると言う話だ、親しいとは言わずともやはり案じることもあるのだと思う。
有間は鯨の様子を窺いながら後頭部を掻いた。
アルフレートに指示を仰ごうと見上げると、彼はいつの間にか目を伏せていて、腕を解いて瞼を押し上げた。鯨から矢文を受け取って、即座に破り捨てる。
はらはらと花弁のように、紙片が文字の欠片と共に地面へと落ちていく。
「破いて良かったの?」
「矢文である以上、返事を返す必要は無いだろう。これはルナールからの脅しだ。従えば、ファザーンやカトライアの誇りを地に落とすことになる」
カトライアの民の生活を守る以上それは絶対に出来ないと、アルフレートはばっさりと切った。
あの丘で見た彼と、かつて自分で殺めた将軍の姿と三重に重なる。
アルフレートから視線を逸らした有間はふうんと素っ気無く言葉を返し、「けど」と視線を僅かに上げた。暫しさまよって、苦々しい顔をした鯨へと向ける。彼には、有間の考えが読めたようだ。
「この脅迫、使えるんじゃないの?」
「……」
はあ、と鯨が憂鬱そうに吐息を漏らした。
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