「皆、すべきことはすでに理解していると思う。オレたちの使命は、正規軍が到着するまで、ルナールの侵攻を食い止めることだ」


 兵士達に向けて、アルフレートはよく通る声を張り上げた。
 鯨達の唐突な行動に一旦はざわめいた兵士達だったけれども、アルフレートが話そうとするのを察知すると途端に静まり返った。


「数の上では圧倒的に不利だが、我々には奇策がある。その奇策を成功させるために、彼らに同行してもらうことにした」

「有間」

「あ? ――――うぅお!?」


 鯨がアルフレートがこちらに視線をやると同時に立ち上がったかと思えば、有間の頭を鷲掴みにして無理矢理に立たせたばかりか、そのまま前に押してアルフレートの隣に立たせた。
 変な声が出てしまったのは仕方がない。こんな大衆の面前で奇声を上げさせられた有間は、きっと鯨を睨みつけた。無視されたが。

 アルフレートに背中を押され、ぐいと前に出された。


「先程、オレに忠誠を誓ってくれたこの二人は、ヒノモトの高名な術士だ」


 鯨と有間の会話など知らぬアルフレートは、邪眼一族であることは伏せてくれた。

 けれども、鯨が明かすつもりでいるのなら、早いうちに知れ渡るだろう。
 本当に、周囲に暴露させてしまって良いものか……。
 未だ、有間は鯨の意思に不満を抱いていた。


「この二人が、我が軍を命運を握っている」


 ……取り敢えず、鯨の面(つら)と、有間が少年にも見えることから、表立っての反論は無かった。ただ、有間が若過ぎると、そんな声は聞こえたが。しらがと言った奴、後で覚えてろ。


「二人の実力はオレが保証する。きっと、我が軍にとって心強い味方となってくれる」


 そこで、鯨がそっと動いた。
 兵士達に向けて片膝を付き、徐(おもむろ)に服を脱いで左肩を曝す。
 そこにあるのは、邪眼だ。
 有間も初めて目にする鯨の邪眼は、肩口に、縦になって二つ並んでいた。

 鯨の本来の双眸とは違い、夕日のような橙色の邪眼は、片方が潰れて黒い糸で縫いつけられて塞がっており、開いた方の邪眼は、有間の知る邪眼とはまるで違っていた。
 瞳孔が横たわった長円――――山羊か羊の目だ。

 ……ああ、これか。
 有間の頭に、邪眼と魔女の混血についての記述が蘇る。
 塗り潰されて見えなかった証がこれなのだと、彼女は理解した。

 そして、それを兵士達に曝したということは、まったき信頼を彼らに向けているという意思表示だ。従属の儀式同様、忘れかける程に無用とされた行為。

 そこまでする?
 何の為に?
 鯨の行動の意味が分からない。
 ここまでする必要など無いのに。


「ファザーンの王子には、等しく身に余る御恩を受けた。故に、我ら邪眼一族の誇りを持って、乾坤一擲(けんこんいってき)命を賭してファザーン・カトライアをお救いすると、闇の女神より賜りたるこの眼に誓いましょう」


 不審にどよめく中、鯨はひたに兵士達にこうべを垂れる。

 彼を唖然と見つめているとアルフレートが声を潜めて問うてきた。


「……アリマ。イサ殿はどういうつもりなんだ?」

「あー、ええっと……あの人がしたのは、邪眼を見せても良いくらい、あなた達を信頼していますって、そういう意思表示っすね。……うちもすべき?」

「……そこまでする必要は無いと思うのだが。それに邪眼一族のことも隠したままで良かったのではないのか?」

「いや、それはうちも思ったんだけど……何かあの人、集まる前からうちらのことバラすつもりでいたっぽいよ。もうホント意味分かんないです」


 彼は何がしたいのか。
 何から何まで分からない。
 アルフレートと顔を見合わせ、首を傾げた。


「っていうか、ここでバラして良かったの? 汚らわしーってんで、軍の士気下がんない?」

「……いや、そういう様子には見えないが」


 二人揃って兵士達の様子を窺っていると、


「……あ、あの邪眼一族が、俺達の味方だって?」

「だったら、勝てるんじゃないのか? ヒノモトの化け物を従えているんなら、ルナール軍にだって、きっと……」

「やっぱりアルフレート殿下は凄いお方だ……! あの、ヒノモトの化け物を手懐けられたのだから!」


 どうやら士気は上がったようだ。
 されど有間は立ち上がって衣服を正す鯨を呼び、キツく咎めた。


「ただ、謀反の疑いをかけられない為ってんなら、そこまでする必要無かったんじゃないの?」

「いや、それだけの為に見せた訳ではない」


 鯨は答え、《化け物》の参加に昂揚する兵士達を振り返った。


「そのうち分かる」

「そのうち分かるったって……」


 これじゃあうちら、まるきり猛獣扱いじゃないか。
 端々から聞こえてくる《化け物》という単語が煩わしくて、有間はぐにゃりと顔を歪めた。

 その横で、アルフレートは何事か思案する。


「アルフレート? どうかし、」

「静まれ!!」


 突如、一喝。
 有間はえっとなってアルフレートの厳しい横顔を凝視した。

 アルフレートは一歩前に出ると、片手を横に薙いで怒鳴るように語り始めた。


「彼らは化け物ではなく、オレの友人だ。背を預ける戦友として、マティアスと共に関係の無い助力を乞うた。邪眼一族として表に出てはらぬ立場でありながら、危険と分かっていながら快く引き受けてくれた彼らを侮辱する発言は許さない。そして、邪眼一族の忠、そして邪眼を見せる程の信頼を寄せてくれた彼らを、オレは死ぬまで彼らを妙(たえ)なる仲間とする。……異論がある者は、今この場でオレに言ってくれ」

「……大袈裟な……」


 有間は半眼になった。
 ……何だ、これ。
 いや、マジで何だよこれ。
 二人揃って何やってんの。
 そんなんで邪眼一族が受け入られる訳が――――。


「……あ! おい、あの娘、確か小劇場の前の占い師じゃないか?」

「――――言われてみれば、確かに」

「……、はい?」


 今度はうちが矛先ですか?
 恐る恐るそちらに視線を向けると、「やっぱり!」とやたらと嬉しげな声を上げる。


「あの占い師のおかげで、告白が上手く行ったんだ!」

「オレも、言う通りにしたらお袋の病気が治って……!」

「そうだ、兄貴の就職先も決まったんだっけ」

「いや、あの……それって全っ然関係無いんじゃ――――」


 有間が占った者達――――しかも非常に多い――――が、俄(にわか)に騒ぎ出す。
 ああ、占いはちゃんと当たってたのか、良かった……じゃない。
 え、戦争は? 戦争はどうなった? 今から戦争に行くんだって分かってる?
 いよいよ混沌と化しそうな状況に、有間は口角をひきつらせた。手を伸ばしてさまよわせ、何とか兵士達を宥めようと思案を巡らせる。


「……何だ、だったら、邪眼一族ってのも俺達と変わらないんだな」

「そうだよな。普通に話してたし、笑うと可愛かったし」

「いやおかしい! その判断おかもがっ」

「お前は黙っていろ」


 鯨に口を塞がれ、有間はじたばた暴れる。が、不意に彼から香った香りに眉間に皺を寄せた。

 ――――ちょっと待て、この匂いって香、だよな?

 ……。

 ……。

 ……こいつ!


 兵士達を洗脳しやがったな!!



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