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城の中にティアナと有間の姿を見た時、クラウスは愕然とした。
カトライアの住人はすでにザルディーネへの避難を始めている。彼女らも当然避難しているものだとばかり思っていた。
だのに、何故あの二人がここにいるのか。
問い詰めようと、二人に近付いたクラウスは、有間の様子に眉根を寄せた。
先程から、木の根本に横たわったまま身動ぎしないのだ。加えて、近付けば近付く程、唸るような声が確かになってクラウスの耳に届く。
ティアナも彼女の顔を覗き込んでは心配そうに声をかけていた。
体調が悪いから、動けないだけなのか。
頭によぎった考えはすぐに否定された。単純に体調が悪くて避難が出来ないのならこんなところにいる訳がない。ここはローゼレット城だ。兵士達がすでに忙しなく動いている緊張感に満たされたこの場所で休もうなんて考える筈がない。
「ティアナ、アリマ」
「あ……クラウス」
ティアナが顔を上げる。が、すぐに有間へと視線を落とした。
有間がもぞりと身動ぎして首を擡(もた)げる。土気色の顔にはまるで生気が無かった。思わず「大丈夫か」と声をかけてしまう程に。
有間は弱々しく片手を振って、力尽きたかのようにがっくりと首を落とした。呻きが漏れた。
「まるで死人だな……。何が遭った?」
「……ええと、話せば長くなるんだけど……」
ティアナは苦笑混じりに、有間の身に起こったこととを説明した。その中には、二人がこのカトライアに残ることとなった理由も含まれていた。
それは、クラウスには許容し難いもので。
みるみる顔が歪んでいくのを、彼は抑えようとはしなかった。ティアナが段々と話しにくそうにしているのが分かっていながらも、だ。
「――――と、言うことなの」
「……百歩譲ってアリマのことは許容しよう。だが、何故ティアナまで残る必要がある。避難は厳命だった筈だ」
「それは……自分にも、何かできることがあるんじゃないかと思って……」
「馬鹿なことを言うな。軍人でもないお前に一体何ができる……!?」
ぴしゃりと切り捨て、クラウスは二人に詰め寄った。
ティアナは肩を縮めて俯き加減に眉尻を下げた。
「ティアナ。お前は戦争がどんなものか、知っているのか?」
「え……?」
「……二十年前、俺の心に、あの戦争は消えない傷を残した」
クラウスは、ロッテの両親ともロッテとも血の繋がりは無い。
二十年前の戦争で、実の両親は亡くなった。燃えさかる街中を彷徨(ほうこう)していたところをベリンダに拾われ、今の両親に引き取られたのだ。
有間は、自分に比べればもっと酷い仕打ちを受けたのだろう。
彼女は邪眼一族。であれば、目の前で仲間を問答無用で虐殺されながら、自分達の存在自体を否定され続けたに違いない。
言い方こそ悪いが、クラウスはまだ、ましな方だ。
自分の生きる価値が分からないことと、これから生きる術が分からないとでは随分と違ってくるのだから。
カトライアに住み着いたばかりの有間の、あの周囲を敵と見なした姿を知っているだけに、自分や有間と同じような経験を、この純朴な娘に体験させたくはなかった。嘗(かつ)ての有間のようになってしまうのは、何としても避けたかった。
そして、欲を言えば有間にも、もう戦争に関わって欲しくはない。ようやっと手に入れた平穏を彼女から奪いたくはない。
クラウスの心情を察し、ティアナはすぐに謝罪した。
だが、強い瞳を以て見上げる。
「心配してくれるのはわかるけど、何の理由もなく残ったわけじゃないの」
決然たる声音に、不動のものを感じたクラウスは、目を細めた。
彼女が残る理由は呪いのこともあるのだろう。呪いを解くには【最後の魔女】の血が必要だ。ザルディーネに避難しては、手遅れになってしまうやもしれぬ。
けれど、それだけではない――――付き合いの長いクラウスには、そう感じられた。
クラウスは沈黙した。
そこに、
「……うちは、地獄を見た」
ぽつりと、唐突に有間が呟いた。
死人顔を夜空へと向けて、口角を歪める。すでに紫に戻った瞳は、焦点が定まっていない。何処か、遙か彼方を見つめているようだ。
狩間が退がったとは、マティアス達から聞いていた。だが、狩間を彷彿とさせるその笑みは、昔に戻ったのではないかとクラウスを不安にさせた。
「全部さ、否定されるんだ。邪眼一族の全てが駄目なんだってさ。生きていることが罪、存在自体が祓われるべき穢れ――――うちらを襲う兵士達はみーんなそんなことばかり言ってた」
「アリマ……」
「友達は、大きな鉄球に押し潰されて、ひしゃげた。近所の人は生きたまま火達磨にされて、悲鳴を上げながら断崖から落ちていった。あれは誰だったかな……変な薬をかけられて、肌が焼け爛れて周囲に毒素を放って仲間を巻き添えにして死んだね。まだ、全部覚えてるよ。人としての死は与えられなかった。無惨で人として認められないまでに壊されてさ……段々、自分がどんな生き物なのか分からなくなってきたんだよね。生きて良いのかも分からなくて」
「アリマ!」
叱るように、ティアナが怒鳴る。
そこで、有間はクラウスに焦点を合わせ、それからティアナを真っ直ぐに見据えた。
「人と、人と認められない一族による地獄を見てるうちには、この戦争に恐怖が無い。人と人が起こす諍いに、何にも感じない。だから、さ」
何をしてでも守れるよ。
ティアナをさ。
どんなことだって、出来るよ。
「あくまで人として、相手を殺すだけならね」
低い笑声を立てる有間は、自暴自棄でも、気分が悪い所為で不穏な思考をしている訳でもなかった。
ただの、己にとっての事実を淡々と述べているだけだった。
彼女は口角を戻し、うっと身を屈めた。
「アリマ!? ちょ、大丈夫!?」
「無理、吐く、ごめん」
「ええぇ!?」
霰もない姿を曝したのには、呆れたけれど。
それでも、クラウスの中で懸念は膨れ上がるばかりだった。
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