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「んじゃあ、ウチもこっち側になるかね」


 ぐんと背伸びを一つして、狩間は鯨を見やる。


「鯨はどうする?」

「……俺がいれば、ルナールは確実に彼女を出してくるだろう。マティアス殿下の許しが出るならば、俺も軍に入る」


 鯨はマティアスを見、拱手する。無言で意思を問うた。

 これを受けたマティアスの返答は、思ったよりも早かった。居住まいを正し、厳かに、真っ直ぐに鯨を見据えた彼は畏まった口調で、「イサ《殿》」と。


「そちらの申し出は非常に有り難い。こちらからも、貴殿には協力を頼みたかったところだ」

「なればこの身、如何様にも」


 その場に膝をつこうとする鯨を制し、マティアスは狩間にも視線をやった。


「お前の力も借りることになるだろう。最悪、お前達の身の上が知られてしまうかもしれない。その時は、俺の首を差し出」

「要らんわそんなんキモイの。首級上げて喜ぶんはヒノモトの軍だけやで。ウチら邪眼一族は他人の生首なんざ興味無いね。それよか、もっと別のモン欲しいわぁ。美味いモンとかー、綺麗なモンとかー、肉とかー、肉とかー、肉とか」

「肉ばっかじゃねーか。つか、マティアスの首は肉以下か」


 こんな状況でよくもまあ、そんなことが言えるものである。
 あくまで自分の調子を崩さない狩間に周囲はもう苦笑しか浮かばない。その中で、呆れた風情でルシアがツッコんだ。

 すると、狩間はくわっと歯を向いて反論する。


「お肉様をナメるな。雪山じゃ滅多に穫れるもんじゃなかったんだからな。超絶希少な食物だったんだぜ? まあ、お育ちの良い君達には分からんのかもしれんが」

「おまっ、オレの腹を見ながら言うな! オレは太ってねぇからな!?」

「そういうの、もう良いから」

「こんの……っ!!」

「ルシア、五月蠅いよ。今の状況、分かってる?」


 キツく、エリクが異母兄(ルシア)を睨みつける。

 目に見えて苛立っている彼にルシアは鼻白み、慌てて口を噤んだ。

 それを見て、狩間はけたけたとおかしそうに笑う。あまりにも声が大きいので、さすがにティアナは咎めた。……相手が狩間なので、あまり効果は無かったけれども。

 鯨が嘆息しながら、ルシアとエリクを呼んだ。


「彼女の言動にはもう付き合わないで下さい。反応を返せば面白がるだけです」

「うっわ、ひでー」


 黙殺し彼は歩き出す。二人の前に立った。
 何をするのかと思えば両手を大きく広げ掌を上に向けた。
 くぐもった声が流れるように詠唱を始める。

 それは音階を持った、一つの曲だ。
 空気が震え、部屋に清涼ながらに不可思議な気が満ちていくのが、肌で分かった。

 と、掌の上に円陣が生まれ、幾つも幾つも重なる。
 それらはやがて球体を形成した。左右で大きさの違う球体だ。左が大人の頭程大きくて、右は一回り程小さい。

 球体に見とれていると不意に詠唱が止んだ。
 両手を下げ、鋭い声で「纏(てん)」と叫んだその刹那、球体は同時に爆発する。生じた閃光に、ティアナは咄嗟に手で目を覆い隠した。

 収まった頃に、ゆっくりと目を開ける。

 鯨の双肩に、それぞれ鳥が停まっていた。
 左には真っ黒な烏。
 右には黒と白の中、ままに青のちらつく鵲(かささぎ)。
 鯨が指を鳴らすとそれらは羽ばたき、ルシアとエリクの肩に停まった。

 エリクが鵲に手を伸ばせば、頭をそっと擦り寄せる。


「お二人には俺の式を付けます。危険極まった時には、鵲を朧(おぼろ)、烏をぬばたまとお呼び下さい」

「式と言うことは、これがヒノモトの式神……で良いのかな?」

「いいえ。邪眼一族の式神です。ヒノモトとは、術式自体が別物故に」


 ティアナはそれを眺めながら、ふと彼がローゼレット城で有間を襲った際ルシアの肩にいるような黒い烏を肩に乗せていたことを思い出した。
 その烏とは、同じ式神なのだろうか。まじまじと見ていた訳ではないので分からない。
 分からない、が――――。


――――手入れが、良くされている。


 触ったら、気持ちが良いんだろうなぁ……。
 心の中でぼやいたティアナは視線を感じて首を巡らせた。
 マティアスとアルフレートが、苦笑混じりにこちらを見ていた。……ティアナが何を考えていたのか、分かってしまったらしかった。

 恥ずかしくて顔を赤らめ俯くと、狩間が鯨に駆け寄ってそっと耳打ちする。不思議そうな鯨へティアナを指差して見せ、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。

 鯨は了承してティアナの前に立つ。


「あれが式を付けろと言っているが」

「え……私に、式、ですか?」

「良いんじゃないかな。彼女に魔女と邪眼一族の混血の式が付くのは。ねえ、マティアス」


 鵲が余程気に入ったらしいエリクが、鵲を撫でながらマティアスに同意を求める。


「……そうだな。少々妬けるが、彼女の安全を考慮するなら是非ともお願いしたい」

「……では」


 不思議そうに首を傾げつつも、右掌を横に掲げ、先程と同様に式を生み出す。
 再び訪れた閃光が収まって目を開ければ、肩に重み。意外に重い。

 何だろうと、そちらに視線をやったティアナは、次の瞬間悲鳴を上げた。勿論、嬉しい悲鳴である。

 眠そうに細められた目。
 ふわふわと、まるで綿飴みたいな羽毛に浮かぶ黒と茶色の斑(まだら)模様。

 シロフクロウが、彼女の肩に停まっていた。
 ネズミなどを捕らえる鋭利な爪はしかし、先端が丸くなっており、さほど痛みは感じない。しっかりと掴んでいる為にじんわりとした痛みがあるだけだ。これは式神だから、なのだろうか。
 とにもかくにも、可愛い。

 じっと熱い眼差しをシロフクロウに注ぐティアナに、鯨は顔を歪めた。どういうことかと、訊ねるように狩間を見やる。
 しかし彼女が答える前に、ティアナは我慢出来なくなって鯨を呼んでしまった。


「あの、この子、触っても良いですか!」

「……、……は?」


 狩間と四人の王子が同時に噴いた。



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