13
暫くじっと考え込んで、マティアスは結論を出した。
「……【最後の魔女】の血か。どちらにせよ、彼女の存在は無視できない」
途端、ルシアが声を荒げる。血相を変えてマティアスに詰め寄った。
「ちょっと待てよ! マジでルナールに行く気なのか!?」
ティアナや彼らの呪いを解く為とは言えど、難儀な条件だ。
敵国の腹の中に行くなどと――――自棄を起こして自殺するようなものだ。
ルシアが胸座を掴もうとするとすかさずアルフレートがその手を掴んで下ろさせた。
「危険だが、それしか方法がないと言うのなら仕方がないな」
「何言ってんだよ。オレたちはルナールに狙われてるんだぞ!? そんな所に自分から行くなんて、殺して下さいって言ってるのと同じじゃねーか!」
ルシアの言うことも尤(もっと)もである。
けれども。
エリクが目を細め、ルシアの肩を叩いた。
「じゃあ、ルシアはティアナが死んでも良いんだね」
「そうじゃねぇ! そうじゃねぇけど……!!」
「お前らが行かなくてもウチと鯨が行けば良い」
ふと、狩間がマティアスの隣に並んで言を発する。鯨を見やり、一瞬目を伏せてティアナを見据える。
その金色の瞳は氷のように冷め切っていて、ぞくりと背筋を何かが這いずった。思わず息を詰まらせると、彼女はティアナから視線を外した。ゲルダに向ける。
「ティナの呪いは、ゲルダの想定した時間よりも少し延びてる。この隙に、ウチと鯨でルナールに侵入し、要人全てを殺した上で【最後の魔女】を救出する。その間、あんたらはここで待っている。それなら問題は無いだろ」
どうせ、もう何人も殺してるんだ。今更汚すことに躊躇いは無い。
にやりと口角をつり上げてみせる彼女に、クラウスがはあと嘆息して狩間に歩み寄った。きょとんと見上げる彼女の頭をぱしっと叩き、「大有りだ」
「お前はカトライアに残れ」
「え、何で。こう言う時こそ、ヒノモトの化けモンを有効活用しない手は無いだろ、第一王子殿下」
クラウスの横からついっと顔を出してマティアスを呼ぶ狩間に、アルフレートやティアナも溜息をついた。
狩間のしたことは、有間は自分のこととして認識してしまう。となれば、狩間が人殺しなんてしたら狩間が守りたい筈の有間が傷ついてしまう。
それに、狩間自身にも、ティアナはそんなことをして欲しくない。
マティアスは狩間の頭を鷲掴みにしてアルフレートへと押しつけると、ゲルダを呼んだ。
けれど、その時だ。
玄関の方から騒々しい足音が聞こえてきたのだ。
狩間が、「あーぁ」と呟いた。
「もうそんな時間か」
「アリマ? 時間って?」
バンッ。
乱暴に開かれた扉に、一様に視線を向ける。鯨とマティアスが拘束されたゲルダ達を隠すように前に立った。
扉を開けたのは、ロッテだ。走ってきたらしい彼女は方を上下させながら、青ざめて震えていた。
彼女の目が部屋の中をさまよい、兄の姿を捉えると、僅かながらに安堵が浮かんだ。
「クラウス兄さん……! 良かった、ここにいたのね!」
「ロッテ……? どうかしたのか?」
「お城の兵士に頼まれて、クラウス兄さんと殿下達に伝言を……!」
「何かあったのか」
マティアスが何かを感じて眉根を寄せた。
ロッテは胸の前で両手を組むと、一度大きく深呼吸して大きく頷いた。
そうして、告げる。
ルナール帝国軍が、つい先刻西の国境を越えたと。
ティアナは愕然として顎を落とした。
そ、そんな、今!?
「こちらを休ませる気はないと言うことか……。他には?」
「カトライアに常駐するファザーン兵だけでは、持ちこたえられる時間に限りがあります。本国からの援軍とベルント卿が到着するまで、マティアス殿下に全軍の指揮を執っていただきたいと……」
「わかった。言われずともそのつもりだったが、すぐに向かうと伝えてくれ」
「は、はい! クラウス兄さんも、お城の方へ……!」
「ああ。すまない。すぐに行くと伝えてくれ」
クラウスはマティアスを見やり、足早に家を出ていったロッテの後を追おうとした。
けれども、それを狩間が呼び止める。
「家から出る前に、薬をかけて行った方が良い。今あんたらはウチの傍にいるから人間の姿を保っていられる。その猫は例外だが、ウチからある程度離れれば即座に獣になるぞ」
「……分かった」
「持って行け」
マティアスが、己の金の粉の入った袋をそのまま手渡す。
彼はそれを受け取ると短く礼を言って、狩間に言われた通り身体に粉を振りかけてから家を飛び出した。
ロッテのもたらした情報によって、一気に空気は張り詰める。唯一興味無さげにしている狩間の周りだけが、暢気なものだ。
「マティアス、ルナール軍が国境を越えたって……!」
ティアナが声を震わせれば、マティアスは彼女を宥めるように穏やかに微笑んでみせた。
「慌てるな。恐らくファザーンにも既に伝令を出しているだろう。すぐに援軍が到着する」
しかし、畳みかけるように侵攻された今、マティアス達が解決すべき問題は二つ。
カトライアの防衛と、【最後の魔女】の救出。
どちらも迅速な対応が望まれる以上、どちらかを後回しにすることは出来ない。
……二手に分かれるしか無いだろう。
「俺はアルフレートと共にカトライアに残り、ルナールの侵攻を阻止する。ルシアとエリクは、ゲルダたちと行動を共にし、【最後の魔女】を救い出せ」
「了解した」
「え、ええ〜!? オレとエリクだけでルナールに!?」
不平を言うルシアに、エリクが口角を歪めた。
「何、ルシアはそんなに僕と一緒に行くのが不満なんだ」
「今のお前は扱いにくいんだよ!」
「……へぇ」
目が細まる。
酷薄な笑みを浮かべる腹違いの弟に、ルシアはたじろいだ。
それを見たゲルダ達も、何とはなしに剣呑なモノを察したのだろう、口端をひきつらせて縋るように鯨を仰いでいる。鯨は完全無視だ。
「ちょ、ちょっと、どちらか代わってくれないと、せ、戦力的に不安があるわ……」
やっとのことで漏らした抗議に、マティアスも苦笑する。
「俺たちがここで兵を退ければ、恐らくルナールは【最後の魔女】を使うだろう」
その時こそ、救出のチャンス。
そこでゲルダもマティアスの言わんとしていることを察し、はっとした。
「そのためにも徹底的にルナール軍を叩いておく必要がある。その為に俺とアルフレートが残る」
「……、……分かったわ。従いましょう」
……まとまるだろうか。
ティアナはこっそりと思った。
が、マティアスがこちらを見たことに気付いて背筋を伸ばす。
「ティアナ。アリマ。お前達はどうする」
「え……?」
「恐らくカトライアの住民たちは、一時的にザルディーネに避難することになるだろう」
「ウチはティナ次第だな」
狩間が欠伸混じりに言う。
ティアナは狩間を見、マティアスを再び見た。
避難する――――それは、選択肢として頭の中には浮かばない。
だとするなら、そうすることを自分は全く望んでいないし、それを良しとも思っていない。
なら。
「私、カトライアに残る。【最後の魔女】の血が必要なのはみんなだけじゃないし……安全な場所に隠れていても、呪いは解けないから」
「ティアナ……」
「それに私の力、何かの役に立つんじゃないかな。みんなを守るためだったら……私も一緒に戦いたい」
濁りの無い、まったき本心。
真っ直ぐに見つめると、マティアスはつかの間瞳を揺らし、ふっと目元を和ませる。
「……随分、強くなったな」
「え……?」
「褒めているんだ。改めて言う。お前の力が必要だ。一緒にこの国を守ってくれ」
彼の真摯な言葉が嬉しくて、でも少しだけ擽ったくて、ティアナはもぞっと身動ぎして大きく頷いた。
狩間が、腕組みしつつ苦笑する。
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