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 狩間は中庭に佇んでいた。
 何をしているでもない。ただ白み始めた空を見上げているだけ。その面(おもて)は仮面のように、感情らしいものが全く無かった。

 ティアナはアルフレートと顔を見合わせ躊躇いがちに中庭に出た。そっと歩み寄って狩間に声をかけた。


「あの……」

「ウチの名前を呼ぶのは禁止」


 彼女は空を仰いだまま、早口にそう言った。
 有間に狩間を認識させてはならないから。認識してしまえば、狩間は消える。それは有間にとっては大変なことなのだろう。

 狩間は有間を守る為の人格。
 なのに、有間に認識させられないなんて……寂しくはないのだろうか。有間にとって必要な存在であるのに。


「か……アリマは、」

「……ウチは否定や拒絶しか知らん」


 狩間が話し出したのでティアナは口を噤んだ。何を話そうか決めていなかったから、正直助かった。
 彼女はそれを見透かしていたのかもしれない。ティアナに苦笑して見せ、ふと眦を下げた。


「それしか許されない。だから……ティナを肯定することは、永久に有り得ない。ウチにとっては君は友人でも何でもない。アル達もそうだ。ティナ達はウチに親しくする必要は無ぇんだ。ウチの存在を肯定する義務も無い」


 今も、これから先またウチが出てきた時も、君達はウチをウチだと思わなくて良いんだ。
 ウチのことは有間、そう認識していれば良い。君達が望むのなら、有間のように振る舞ってやるよ。
 狩間は苦笑から柔らかな微笑に変えて身体ごとこちらに向き直った。

 有間と良く似た優しげな笑みが出来るのに、彼女は肯定を許されない。否定、拒絶―――陰に属する選択しか選べないのだ。


「……でも、それじゃああなたが可哀想だわ」

「可哀想? ――――いいや、それがウチにとって当たり前のことなのさ。肯定されても、ウチは否定でしか返せねぇ。アルと良く似たことを言った武士みたいに、拒絶(ころ)しちまう。否定(け)しちまう。謝罪も、感謝も、ウチにとっては肯定だ。心からごめんもありがとうも言えない」


 それはとても付き合いにくいだろう?
 あくまで、彼女はティアナ達に自分の存在を否定させる。

 けれどもティアナは首を左右に振って否とするのだ。


「私はあなたを否定しないわ。だってあなたは、ちゃんといるもの」


 そっと片手を取って握り締めると、狩間は目を細めた。鋭利に澄んだ瞳がティアナを射抜く。

 ティアナをそれを甘んじた。口にした言葉に嘘は無い。だからこそ、真正面から受け止められる。

 狩間は一瞬だけ口を薄く開いた。が、そこから声が漏れることも無くすぐに引き結ばれてしまった。
 困ったように顔を歪めて、ティアナの肩に顔を埋めてきた。


「……アリマ?」

「そう言うの、痒い」

「痒い?」

「痒くて痒くて堪らねぇわ。ウチにとっちゃあ、肯定は拒絶すべきもんだ。あんたの肯定はとても痒い」


 けどね、まだましな方かもしれない。
 ぼそりと呟いた彼女は顔を離すとティアナの左胸に触れた。人差し指で圧迫し、


「《お前》を否定する」


――――刹那。
 少しだけ……本当に少しだけ身体が軽くなったような気がする。
 手を離した狩間は、長くて一時間くらいは遅れるだろうとティアナに告げた。彼女の否定を以てしても、完全には解けないのだろうか。

 問うと、狩間は肩をすくめた。


「ゲルダ本人に解けないのなら、ウチだって否定のしようが無い」

「ゲルダに、解けない? それはどういうことだ」

「彼女らに話を聞けば分かるさ。壊滅的な欠点は、ウチが話すよりも自分でバラした方が良い」


 話を聞きに戻らないのかと言うと、アルフレートが共に話を聞こうと誘う。
 狩間は不思議そうに首を傾けた。


「何で? ウチがいたらゲルダ達は怯えて話せねぇんじゃねぇの?」

「アリマの側にいたら呪いの進行が遅れるって、」

「だから、今やったじゃん」

「……そうでした」


 いやでも、ここに一人放置させる訳にも……。
 それに彼女の話を聞いた以上、ここで一人にすることは狩間を否定しているように思えてならない。


「ここにいれば風邪を引くぞ。それに、地下通路で鯨殿と戦って、疲れてはいないのか?」

「ウチの時にはそんなには。ウチが管理してる力が勝手に治してくれるんでな」


 何とか彼女を説得出来ないだろうか。
 ティアナはアルフレートと言葉を交わす狩間を見つめながら言葉を探す。


「良いから。自分らさっさと戻りぃ。ウチは適当にここで何かやって時間潰してっからよ」


 ひらひらと片手を振る狩間の手を再びがしりと掴み、


「わ、私がアリマと一緒にいたいから!」

「……」


 きょとんとされた。


「えーと……これって、口説かれてんの? 同じ女の子に」

「くどっ――――ち、違うから! 友達! 友達として! 全然そんなつもりじゃなくて……!!」

「真っ赤になって否定してくる辺りが……」

「……そこはやはりアリマなんだな」


 揶揄してくる狩間に、何処か感心したように呟くアルフレートを睨みつけると、狩間がけたけたと笑う。


「いやー、有間の中にいた時にも思ってたけどティナ、反応が大き過ぎるって。だから、からかわれるんだよ」

「お、大き過ぎる……!?」


 誰の所為なのよ!
 怒鳴ると、狩間はまた大きな笑声を立てた。


「……ま、ティナに口説かれたんなら仕方ねぇわな。もう少し空眺めたら戻るよ」

「だから口説いてなんかないってば……!」

「……ごめんなぁ、ウチ女で」

「もう……!!」


 頬を膨らませれば、その頬を指でつんとつつかれた。



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