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 どうも、王子達の所在が何処からか漏れてしまったらしい。
 有間は背中にティアナを隠したままマティアスへ地を這うが如き低い声を出した。


「おい第一王子てめぇ厄介事持ち込んでんじゃねぇよ果てろ」

「その前にお前はキャラを保て。曲がりなりにも女だろう」

「直して欲しけりゃ今すぐこれをどうにかしろすっとこどっこい。ティアナと近所の人達が寝不足になったらてめぇらの料理に下剤仕込んでやる」


 まるで諸悪の根源を見るかのような敵意の籠もった眼差しに、マティアスは大仰に溜息をついた。
 仕方がないと言わんばかりの体で玄関の前に立ち、


「お前たち、下がってろ」


 アルフレートも下がらせて、唐突に扉を開けた。

 家に押し掛けた女性達は狭い扉から我先にと家に入ろうとする。……馬上筒を取りに行こうとしたのをティアナとクラウスに無言で止められた。


「きゃぁぁぁぁ! 殿下!」

「マティアス殿下! お会いしとうございまし――――」

「静まれ!」


 マティアスが玲瓏(れいろう)な声を張り上げる。
 それだけで女性達は皆水を打ったように静まり返った。


「一体何時だと思っている。近隣の住民の迷惑を考えろ」


 女性達ばつが悪そうに目配せをし合う。
 俯き加減になっていたのもつかの間で、すぐに言い訳と擦り付けで騒ぎ始めた。
 有間が嘆息して舌打ちすると、アルフレートが宥めるように肩を叩いてくる。剣を貸してと言おうとしたらティアナがすかさず口を塞いできた。


「我々は、カトライアの庶民の暮らしを知るために、今この家に滞在している。いずれ、皆の家に行くこともあるかもしれない」

「え……!?」

「ほ、本当ですか!?」

「だが、行く先々でこのような騒ぎを起こされては、すぐ国に帰らなければならなくなる。今日のところは聞き分けてもらえないか」


 付け焼き刃な理由である。
 しかし、女性達は一人としてマティアスの言葉を疑いはしなかった。もしや次は自分の――――そんな絶対に無い可能性に女性達は早々に引き返していく。

 安堵しつつも、よくもまあしゃあしゃあと……とマティアスの背中を見つめた。

 が、ティアナを寝かせようと口を開いた直後。

 慌ただしい女性達に揉まれて一人の女性が体勢を崩して倒れ込んだ。
 ベールで顔の見えないその女性に、訝る。
 こんな暗闇に、ベール?

 ティアナが駆け寄って手を差し伸べる瞬間。

 その女性の周りに不可思議な術式を感じた。


「ティアナそいつに近付くな!!」


 鋭く叫ぶが遅い。

 女性はティアナの腕を掴んで引き寄せた。
 有間が駆け寄って手を伸ばたその時に、女性のベールは滑り落ちた。薄紫色の髪をした赤い目の女性が怪しい波動を持った透明な短剣をティアナの胸に突き刺す――――。

 ティアナは小さく悲鳴を漏らした。

 ずぶずぶ。
 短剣が、ティアナの身体の中へ埋まっていく。
 まるで、人間が底無し沼に沈んでいくかのように……。

 有間はその様を手を伸ばして見つめているしか無かった。

 あの短刀から感じたのは、魔女の術式だ。
 最初に感じた術式――――邪眼一族のそれはベールから。

 ……頭の中でこの女と父が繋がる。



 頭の片隅で何かが外れたような音がした。



‡‡‡




 床に倒れるティアナの姿が、スローモーションに見えた。


「ティアナ! ティアナしっかり!!」


 倒れ込むティアナを抱き寄せて蒼白の彼女を揺する。
 何度も何度も呼んだ。が、苦しげに顔を歪めるだけで目覚める様子は無い。
 マティアス達がいるのにも構わずに邪眼を使おうと手袋の指を噛むと、クラウスが有間を鋭く呼んだ。

 それに舌打ちしてティアナを抱き上げマティアス達の後方へと下がる。


「ふふ、どうやら成功したようね」

「貴様……!!」

「おっと、お前の相手はオレだ」


 女に駆け寄ろうとしたアルフレートが影から現れたシルビオに阻まれる。

 女――――ゲルダはその場から逃亡した。阻もうとしたルシアとエリクに金の粉を振りかけて。
 獣の姿に戻ってしまったルシア達は地団駄を踏む。

 ああもう、滅茶苦茶だ。
 ティアナは守れないし、ゲルダから邪眼一族の術式の気配がするし、ティアナは守れないし、


 ティアナが、呪いを受けたし――――。


 どくり、どくり、と。
 ティアナの顔を見下ろす有間の心臓が、大きく脈打つ。
 胸から血は流れていない。だって呪いだもの。

 半ば放心状態の有間の耳に、シルビオの声は遠いもののように聞こえた。


「その短剣には、呪いがかかってる。術を受けた人間の命を少しずつ奪っていく呪いだ」

「何……!?」

「その女の呪いを解きたければ、マティアス、お前が他の王子たちを全員殺せ」


 馬鹿だよなぁ、こいつ。
 マティアスがそんなこと出来る訳ないじゃないか。
 だとすれば、ティアナは死ぬよね。

 ティアナは、このまま――――。


 こ の ま ま 死 ぬ ?


 どくり。

 どくり。

 どくり。


 嗚呼、目の前が染まっていく。
 意識が塗り潰されていく。

 これは何色だろうか。






――――黄色だ。



―第五章・完―




●○●

 この辺りでお察しいただけたかと思いますが、ティアナの相手はマティアスです。
 カーニバル辺りから決めてました。

 そして、やっと……やっと夢主の深い部分が書けます!



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