15
「――――とまぁ、そういうことです」
昨夜のことを含めて、邪眼一族のことを詳細に話した有間はベッドに腰掛けひらりと片手を振った。
途中夕食やその片付けを挟んだりしたので、クラウスからの質問に全て答え終わる頃には日付も変わりかけていた。ああ、ティアナに悪いことをしてしまった。まだ起きているだろうか。
机の上に立つクラウスは始終渋面だった。ティアナも巻き込んでしまったから仕方がない。叱られてもこればかりは甘んじた方が良いだろう。
腕組みして唸る彼を眺めていると、不意に、
「もしや、その邪眼一族は、お前の知り合いか?」
「え、何で?」
「邪眼一族だと分かってからお前の様子が少しばかりおかしかった。それにティアナも、時折お前を気遣うように見ている。昨日王立図書館に来た時にローゼレット城で襲われた際のことを訊ねてからの狼狽えようも酷かった。さすがに、追求しても口を開きはしなかったがな」
そればかりはティアナだって容易には話さない。
そうと分かっていても、いつの間にか力んでいたらしい身体から力が抜けた。
「まあ、こればっかりはねぇ……周りが気ぃ遣うだろうからなぁ」
正直昨夜からもうバラしても良いや、と言う風には考えている。
どうせ、――――なのだから、これ以上隠しても意味が無いように感じられたのだ。存外にショックが大きかったので自棄になりかけているとも言える。
それにクラウスだし、ティアナよりは口は堅いし、情を挟むこともしない。
有間は後頭部を掻きながら思案し、口を開いた。
「その邪眼一族、うちの父親ね」
「……は?」
「で、うち邪眼一族ね」
「ちょっと待てっ」
ああ、驚いた。
目を丸くして机の縁まで慣れない足取りで走ってくるクラウスを眺めながら、有間は欠伸を一つ。
「アリマ、本当にお前は邪眼一族なのか?」
「うん。ティアナとベリンダさん達しか知らないしねー。信じられないのも無理は無いか」
間延びした声の有間にクラウスは眉根を寄せる。
「お前、投げやりになっていないか?」
「ああ、うん。何かもうその辺どうでも良くなってきてさー……」
あの人とうちね、血、繋がってないんだと思う。
そう言うと、クラウスはまた驚いた。
狭間は邪眼一族と魔女との混血の末裔だ。昨日、それではっきりと分かった。
有間が彼と同じ混血である筈がない。
それに加え、自分達は親子であるには不思議な程に何もかもが似ていない。
本当の親子ではないとなれば、それも頷ける。
……もっとも、確証なんて無いのだけれど。
小さな頃から血がどうのこうのって気にしていなかった。
血が繋がっているのかいないのかなんて親子には関係ないと思っていた。
――――そのつもりだった。
だのに、その仮定に辿り着いた時、存外に衝撃は大きかった。
「それは本当のことなのか?」
「ううん。まだ可能性の話。でもうちは自分が魔女との混血だとは思えないし、全っ然似てないんだよ、うちと父さん」
ぽすっとティアナのベッドに突っ伏して、意味も無く母音を伸ばしてみる。
それを見下ろすクラウスは髭を動かし溜息を漏らした。
「……まだ本人に確かめていないんだったら、投げやりになるのは早い」
「まあ、ねぇ……」
手袋に包まれた両手を天へと掲げ、封と書かれた手の甲を撫でる。
「それで、お前が邪眼一族と言うのならば目は何処にある」
「両掌。うちって両手にある上に色々強いんで封印しておかないと気持ち悪いんだよねー」
暢気な口調はクラウスの気に障るようだ。自暴自棄の有間を叱咤するように、キツい口調で名前を呼ばれた。
苦笑混じりに起き上がれば、
『アリマ、クラウス? もう良いかしら?』
控えめなノックの後にティアナの声が聞こえてきた。
やはり、いつまで経っても部屋から出てこないので様子を見に来たのだ。
有間はクラウスを抱き上げて扉を開いた。
するとそこにはティアナがいて、有間が出てくるなりほっと微笑んだ。
「良かった。いつまで経っても出てこないから、もしかして寝ちゃったのかなって。アルフレートやエリクも気にしてて、ちょっと様子を見に来たの」
「ああ、ごめん。詳しく話したりしていたから日付変わってたね」
「こんなに長く、何を話していたの?」
「ん、うちが邪眼一族だって話」
さらりと答えればティアナが表情を固まらせた。
クラウスを見やり、不安そうに眦を下げた。
「い、良いの?」
「どうでも良くなったんでね」
ティアナの頭を軽く叩いて「話は終わったからもう大丈夫だよ」と部屋の外に出た――――その直後である。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「あ?」
下からルシアの悲鳴が聞こえてきた。
ティアナと顔を見合わせ、揃って階段を下りる。
階段を下りる前にクラウスをティアナに預けた。何か武器になる物を――――と思いつつ馬上筒をしまった鞄はリビングに放置してあると思い出してやむなく彼女らの前を先行するだけに留めた。
騒ぎのもとは玄関らしい。
階段を下りきると、エリクが有間に飛びついてきた。困り果てて泣き出しそうになっている。
その向こうでは、アルフレートとマティアスが戸を押さえつけていた。
エリクを宥めるようにつかの間抱き締めて背中を撫でた後にアルフレートに駆け寄る。
「何が遭ったの?」
「説明するより見た方が良い。窓から、そっと外をうかがってみろ」
顎で窓を示され、ティアナ達と共に窓から外を窺う。
……うわ。
思わずえずいた。
暗い深夜の闇の中に、家を取り囲む見物人達がいた。しかも全員女性だ。
「きゃぁぁぁ! マティアス殿下〜!」
「ほんの少しで構いません! お顔を見せて下さいませ〜!」
「……」
「な、何、これ……!?」
……そんなん誰かに訊かなくてもも分かるわい。
バレとるやんけ王子共……!!
こめかみを押さえ、有間は深々と嘆息した――――。
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