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 マティアスの笑声が不気味な程に響くリビングへの扉を開けた瞬間、有間とティアナは固まった。


「ティアナー。ごめん。ちょっと聞いて良い?」

「う、うん……」

「エリクの持ってる鼠って眼鏡かけてるよね。しかもおっしゃれ〜な服着てるよね」


 有間はそっと警戒するようにエリクに近付いて、鼠を取り上げた。両手で脇を挟んで顔の上に持ち上げ仰ぐ。不機嫌そうな顔だ。ぴくぴくと髭が震えている。

 目を細めて魂を見ると、それは何とも見慣れたものだった。

 ……。

 ……。

 ……。


「もしもし。クラウスさんでしょうか」

「……不本意ながらな」

「うわぁ……」


 道理でマティアスが大爆笑している訳だ。
 取り敢えず喧(やかま)しいのでクラウスを片手に抱いてのたうち回るマティアスに懐から出したナイフを投擲(とうてき)した。

 避けられた。


「アリマ! クラウスって――――え!? ほ、本当なの!?」

「魂がクラウスさんだもの」


 うわぁ、ともう一度彼を抱え上げ、エリクとルシアを交互に見やった。
 一瞬で目を逸らされたが。


「……アルフレート」

「……」

「分かりやすく説明。何か一つでも省いたら蜂の巣。ルシアとエリクも、後々うちの《オセッキョウ》。……OK?」

「「お……おーけー」」


 にこやかな有間に、エリクとルシアは青ざめて頷いた。

 隣で、アルフレートが吐息を漏らした。



‡‡‡




 三人から事情を聞いた後に、ようやっとクラウス自身に事の次第を説明した。


「魔女の呪いだと……!? では、お前が市場で買った四匹というのは……」


 顔面蒼白。
 鼠なのに顔面蒼白。
 有間の膝の上で身体を震わせるクラウスを宥めつつ、ティアナは首肯した。


「そうなの。私もあの動物たちが、まさか魔女に呪われた人間だったなんて思わなくて……」

「犯人はすでにわかっているんだ。呪われた人間が一人増えたくらい、大した問題じゃない」

「大した問題だよ。お前と違って」


 すかさず口を挟む。
 クラウスが噛みつこうとしたので押さえ込む。
 クラウスは多忙の身だ、呪いで拘束されている間にも城は――――。


「どうしようか……マティアスの分の粉だけやって保たせる?」

「おい待て。何故俺の分を、」

「いや、にしてもこいつ結構少ないしなぁ……エリクとルシア、分けろ。拒否権は無い」

「話を聞け」


 つい先程隙を見て盗んだマティアスの金の粉をエリク達に差し出し中に分けさせようとするとマティアスにその袋を取り上げられた。おいゴラ。


「暫くはお前がこの家に留まれるよう、俺が法王に掛け合ってやる。それでいいだろう」

「そんなことをしても、俺がいない間に城の仕事が溜まり放題になるだけだ。何の解決にもならない」

「仕事ならここでもできるだろう。不本意だが少しくらいなら手伝ってやる」

「何ならうちが一緒に城に忍び込んで、そこで金の粉を使うことも出来るけど?」


 人差し指で頭を撫でながら言うと、ぺいっと小さな腕が指を退けた。痛かったらしい。
 眼鏡を触り、暫し沈黙した。

 やがて、


「……どうやら、他に方法はないようだな」


 がっくりと肩を落とすクラウスさんの背中を撫で、有間は苦笑する。


「取り敢えず、今日の夜にでも城の方に忍び込む?」

「……頼む」


 さて、どうしたものか……。
 エリクとルシアの不注意とは言え、クラウスまでも動物になってしまうとは思わなかった。
 しかも鼠。
 これからもっと単独行動が難しくなりそうだ。

 狭間を問い質したいのだけれど。


「アリマ?」


 呼ばれ、思案に沈みかけた意識を浮上させる。
 有間はクラウスを胸に抱いて立ち上がると、そのままティアナに手渡した。

 そうして――――。


「……さて、ルシア君、エリク君」


 鞄から徐に鎖を取り出し、ぴんと両手で左右に引っ張った。
 にっこり笑って小首を傾けると、二人が口角をひきつらせて青ざめた。

 無理矢理正座をさせて二人に拳骨を落とす。


「本当にさぁ……君達何やってんの? こんな時にクラウスさん巻き込んでどうすんの? クラウスさんって君達が思うよりずっと多忙なんですよ。昨日だって忙しい合間にロッテ達の様子見に行ってたし、これ以上心労増やしてどうするのかねむしろテメェらの皮剥ぐぞ焼いて煮て食うぞ」

「ご、ごめんなさい!」

「オレ達だって反省してるって……!」

「だったら肉を差し出せ非常食」

「何でそうなんだよ!?」


 抗議するルシアの額に馬上筒の銃口を押し当てる。秀麗な顔が再び青ざめた。


「あ? テメェ今自分がどういう状況か分かってんのか? 分かってねえよな?」

「お前性格変わってねぇか!?」

「安心して、元から君のことは非常食としか認識していないから」


 有間はもう一度ルシアに拳骨を落とし、深々と溜息をついた。
 弛くかぶりを振って、クラウスを呼んだ。


「……ついでだ、邪眼一族について教えて置いた方が良い情報を得たのでお話しします。ティアナ、部屋を借りるよ」

「え? あ、ああ、うん」


 ティアナからクラウスを受け取り、誰もついてこないようにキツく言ってからリビングを出る。


「アリマ、情報を得たとは、いつの間に?」

「あいつが面倒臭いことをしてまでうちに接触してきたんですよ。詳しくは後程」


 有間が階段を上りながら言うのに、彼は不審そうに目を細めた。



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