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有間は首に包帯を巻き、その上にマフラーを巻いて小劇場へ向かった。
今回は一人である。アルフレートはマティアスと邪眼一族について話し合うらしい。エリクやルシアも昨日の今日ということで外出は控えておくそうで。
手伝おうかと言ってくれたティアナは身体が心配なので彼らの世話をしていて欲しいと家に残している。
公演前の客引きの後は特にカーニバルを回ることも無くそのまま営業。昨日の分を取り戻すように仕事に没頭した。
幸い、昨日のあの騒ぎがあったからと客足が遠のくことも無かった。ままにアルフレートがいたとの噂を聞きつけてやってくる迷惑な女性達はいたが。
今日の営業は、比較的順調である。
「はい、次の方――――はもういないか」
先程まで並んでいた客達は片付いた。
客が来る様子は無いし、少しの間だけ休憩にしようか。
ティアナに用意してもらったサンドイッチを鞄から取り出して机の上に広げる。一つ一つが小さいので客が来てもすぐに対応が出来る。
全部食べ終えられるかなとぼんやりと考えながら咀嚼と嚥下を繰り返していると、ふと前を通りがかった青年が立ち止まって有間を二度見した。
商人のようだ。狡賢(ずるがしこ)そうな、狐のような面立ちが驚きに彩られている。あまり、好きになれそうにない人物だ。
そこで気が付いたのだが、この商人、銀髪だ。有間は白髪だが、彼には銀髪特有の煌めきがある。
彼が自分の何に驚いているのかは分からないが、まじまじと見られていてはあまり良い気はしない。
眉根を寄せて無視をしようと視線をサンドイッチに落とそうとすると、彼が「ちょっとすみません」と声をかけてきた。ばたばたと駆け寄ってくるのに舌打ちが漏れそうになった。
「……何でしょうか、何か占います? だったらそこに座って――――」
「ああ、いえ。すみませんが、もしやあなたはルナールの出身では?」
「は? いや、生まれはヒノモトですが。ルナールには生まれてこの方行ったことがありませんね」
胡乱に見上げた瞬間全身をぞっと悪寒が駆け抜けた。
目が合ったその玉響(たまゆら)に彼の赤い双眸に走った狡猾な光を見逃さなかった。
……何だろうか。
この男は危ないと、本能が訴える。
思わず椅子を立って後退すると血の眼差しがすっと瞼に隠された。
「あっ、ああ、いえ、すみません! ちょっと古い友人に似ていたものですから。では、私はこれで失礼致します。営業の邪魔をしてしまって本当にすみませんでした」
彼は颯爽と雑踏の中に紛れ込む。その早業に、しかし有間はほっと胸を撫で下ろした。
……何だったんだ、今の男は。
先程彼は有間に何を見た?
何だあの光は。
有間に何を見出した?
暫く茫然と彼が歩いていった方を見つめ、こめかみを流れた汗を乱暴に拭った。
椅子に座って額に手を当て深呼吸を繰り返す……。
‡‡‡
夜の営業を終えてからも、あの商人のことが頭から離れなかった。
ルナールに関わるなと狭間に言われたこともあって、言動もあの目も気になってしまう。
帰り道うんうん唸りながら帰路を辿っていると、前方からティアナが走ってきているのに気が付いて自然と足も思考も止まった。
ティアナは朝よりは血色の良くなった愛らしい顔に笑顔を浮かべて有間の前で立ち止まる。
「もう終わったの?」
「あ、うん。アルフレート達は家に残してきたの?」
「夕飯をどうするか確かめたくて。金の粉は無闇に消費出来ないでしょ? それに、なるべく人通りの多いところを行くからって」
「……少しは警戒しろって」
「きゃっ」
ティアナの額にチョップを落として、有間は彼女の手を引いて歩き出した。
「まったく……この暗い中を一人で歩かせるなっての。帰ったら文句言ってやろう」
ぶつぶつと呟きながら有間は足を早める。
ティアナが攫われたのはつい昨日ではないか。
なのにどうして――――。
……。
……。
「……まさか」
「アリマ?」
「ティアナ……君、黙って出てきたね?」
ぴたり。
ティアナの足が止まる。
肩越しに振り返ってじとりと見つめていると、徐(おもむろ)に目を逸らされた。
こ の 娘 は!!
有間は舌打ちしてティアナの手を離し、その柔らかな両の頬を摘んで引っ張った。
容赦なく力を込めたので、かなりの痛みが生じただろう。ティアナは両手を振って抵抗した。
しかし、有間は笑みを浮かべて手を離さない。
「君は馬鹿なのかな? うちのいないところで一人にならないでもらえます? 確かに、うちは君の護衛をベリンダさん達に任されていますけれどもね、知らないところで一人でふらふらふらふらされると守りようがないんですよ君自分が非力な恋する乙女だって自覚してるのかなー!?」
「いひゃい! いひゃい!!」
ぐりぐり回して思い切り引っ張って、放す。
ティアナは両手を頬に当ててよろめいた。
その姿を恥じらう乙女と揶揄したら恨めしそうに睨みつけられた。
「ほら、帰るよ。闇討ちなんてされたら面倒だ」
後頭部を掻きながら、有間はティアナの手を再び掴んだ。
その時有間の頭の中からは、あの商人のことなどすっかり抜け落ちていた。
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