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 有間がしきりにマフラーを触っていたのには気が付いていた。
 マティアスは先程から思案に没頭しながらリビングの中を歩き回る有間を眺めながら、彼女のマフラーを見つめた。

 邪眼一族の男に襲われてより、有間とマティアス、そしてアルフレートは朝まで起きて警戒に当たることとしていた。
 もうマティアスの動作を阻む痺れは綺麗に消え去っている。有間が邪眼一族の術だけを消してくれたのだ。未だ人型なのは、魔女の術式に組み込まれた術を自然消滅する風に設定しているからだ。有間の予測ではもう二時間ぐらいは保っていられるだろうとのこと。

 その後手袋をはめてすぐにこんな調子なので、彼女が術式に何を見たのか問い質(ただ)す期を逸してしまったのだった。


「乾の位置が参で、それがαと陰に融和して陽と繋がり――――いや、これは対極だ、繋がる筈がない。だったら別の要素で繋げないといけない。いや、このαがこの法則を無効にしているとしたら? 確か魔女の術式でαってのは一つの式の始まりに置かれるものだった筈……乾の先にα、陰、陽、猿、眼と続いてΩだとするなら、これで一つの術式になるからつまり繋がりなんて不要で繋がり自体を一つの術式に……だあぁぁぁぁっ!!」


 ぶつぶつ妙なことを言っていると思うと、不意に叫びだしてその場で頭を抱えて座り込む。
 黙っていた見守っていた――――よく分からないの距離を置いてで聞かないでいたとも言う――――アルフレートが有間に駆け寄ろうとするが、その前に自分で立ち上がって再び唸り出す。


「分っっかんない!! ホンマに分からん!! くっそ分からないなら分からないでめっちゃムカつく……!」


 有間はあの術式が気になって仕方がないらしい。

 ……見ている分には非常に面白い面もあるが、基本的にうざったいし気味が悪い。
 拳骨一つでも落とせば落ち着くかと、マティアスは溜息をついてソファから立ち上がり、彼女に歩み寄った。

 それからマティアスの気配に全く気付かない有間に拳を握って、持ち上げて――――首に痣があるのに気が付いた。
 眉根を寄せてマフラーを掴もうとすると、不意に有間が屈み込む。

 しまったと言わんばかりにマティアスを見上げる有間。マフラーを首に近付けて隠す。


「な、何でありんしょう」

「マフラーを取ってみろ」

「これ父さんから貰った魔除けなんだよね!」


 白々しい嘘である。
 マティアスは舌打ちして彼女の頭に拳骨を落とした。


「いっで……!!」

「アルフレート、アリマ押さえておけ」

「何故だ?」

「マフラーを取れば分かる」


 躊躇するアルフレートを促し逃げようとする有間を捕まえてしっかりと拘束させると――――破廉恥と叫んでアルフレートが放しそうになったが何とか阻んだ――――マフラーを引き剥がした。


「あっつ! ちょっ、摩擦熱考えろ!」

「ティアナ達が起きる。静かにしていろ。口で塞ぐぞ」


 ざっと有間は青ざめる。「キモッ!」と本気で呟いたのが癪に障ったので眉間を指で弾いた。
 顎を掴んで上向かせればくっきりと残る絞められた後。

 有間が騒いでいる内に後ろから見えていたアルフレートは眉間に皺を寄せて彼女の首を凝視していた。


「邪眼一族にやられたのか」

「……ええ、まあ」


 憮然と肯定する有間にマティアスはマフラーを首に巻いてやる。
 アルフレートが拘束を解いた。

 邪眼一族――――否、有間の父が有間の首を絞めたのか。仮にも父親が娘をこうまで傷つけるとは見下げたものだ。何か理由があるのだろうが、身体は刺すわ首は絞めるわ……どう考えても良策だとは思えない。
 それ程焦りがあるということなのか。
 ルナールに関わることで、そうする程の不利益が有間に起こるのか。

 その点も含め、急ぎ、邪眼一族に心中を問い質さなければならないだろう。……彼が素直に答えてくれればの話だが。

 マフラーを首に寄せてマティアス達を恨めしそうに見つめる有間を見下ろし、マティアスは目を細めた。



‡‡‡




「――――ああ、君達に話すのすっかり忘れてた」


 取り敢えず、無茶はするなと軽く説教をした後、術式について問うと有間はあっけらかんとしてそう言った。もう怒る気にもなれない。

 マティアスはこめかみを押さえて有間の頭を軽く叩く。


「それで、何か分かったのか」

「邪眼一族は魔女との混血児の子孫である可能性がある。ほら、そらんじてたじゃん。術式見てた時」

「魔女について調べた時に混ざっていた本か」


 それで笑っていたのかと訊けば彼女は一瞬だけ視線を床に落とした。すぐに戻ったので、正面に立つマティアスにしか分からなかったかもしれない。

 有間は後頭部を掻きながら肩をすくめた。


「非常に残念なお知らせがあります。無理ッス。うちこいつには太刀打ち出来ません。これ以上無いくらいに腹立たしいことではありますが」


 曰く、魔女の術式との混ざり具合は尋常でなく自然で、魔女の術式の知識が無ければ、呪詛返しは愚か、その術式を解くことすら出来ないのだそうだ。
 本当に気に食わないと最後に言いおいて、有間はソファにどっかと座った。先程までマティアスが座っていた場所だ。「うわ、生温い」――――当たり前である。


「うちでもこればっかりは解読不可。邪眼一族の術式にだけ干渉して多少命令を変えるくらいが限界。あれ以上魔女の術式に食い込んでしまったら無理。その辺の葉っぱを金に変えるくらい無理。本気出されたら降参するしか無いわー」


 悔しそうに言う。
 魔女の術式とヒノモトの術式は、そんなにも差があるのか。


「魔女の術と似てるもんがあるって本に書いてあったけど、実際に見てみたらアルファベットそれぞれのグループと役割を全く理解出来ていないから何処かどう似てるのかも分かんないんだよ。だからどんな差があるのかもうちには把握出来ない。あぁぁ! 腹立つ! 数日徹夜してでも読み解いてやりたいのに……!」


 地団太を踏みそうな有間は歯軋りし、それからはあぁと深く嘆息した。


「考え過ぎて頭痛い……」


 そりゃそうだ。



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