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 ティアナとエリクを連れて帰宅すると、丁度アルフレートが家を出ようとしていたところだった。
 三人の姿を認めて彼は大きく息を吐き出し微笑んだ。

 ティアナやエリクはアルフレートに謝罪すると、やはり狭間の術にかかって金縛りに遭っていたというマティアス達のもとへ走っていった。一応術は解けて、リビングに降りれるまでに回復しているらしい。短時間で解けるように施されていたのだろう。狭間ならそのような面倒な細工も片手間でも出来る。

 彼の目的はカトライアから有間を連れ出すことであって、本当に彼らを害するつもりはないのか……?
 いや、さすがに決めつけるのは早い。まだ、何の為に有間を連れて行こうとしたのか分からない以上、まだ尚早だ。


「一応うちが診てやるよ。後遺症か何かが残ったら嫌だろ?」

「ああ、すまない」

「別に良いよ。ヒノモトの術なら、うちに任せてもらった方が確実だし」


 マフラーを掴んで少しだけ首に寄せながら小走りにリビングに入れば、マティアスとルシアは何故か人間の姿でぐったりとしていた。だいぶ解けているがまだ術はかかっている。早めに解除してやった方が良いか。

 だが、何故二人は人間の姿に?
 家の中なのだから粉を無駄に使うことも無かろうに……と眉根を寄せるとマティアスが有間に気が付いて立ち上がろうとした。

 それを手で制し、有間は彼の座るソファの前に立った。


「身体が痺れるだけ?」

「……いや、あの黒ずくめの男が術をかけた途端人間の姿に戻った。その後に新たな術をかけられて痺れたんだ」

「二重に……しかも魔女の呪いを打ち消して? そんなの邪眼一族でも出来る訳がない」


 呟きながら、有間は腕組みして目を細めた。
 これは、術式を《見た》方が良いかも……。
 気は進まないが、こればかりは下手なことは出来ない。術者が狭間なだけに。

 有間は嘆息すると、アルフレートに手伝ってもらいルシアの座るソファをマティアスの横に移動した。なるべく触れ合わないように間を空けて。
 それから有間は二人の背後に立った。


「これは君達の魂を見た方が良い。アルフレートとエリクはうちの後ろに立って、ティアナはそのままマティアスとルシアの様子を見てて。……ああ、あと、マティアスとルシアは絶対に振り返らないでよね。手元が狂えば魂を書き換えてしまう可能性があるから。アルフレートとエリクも、うちが良いと言うまではうちの後ろから絶対に動かないこと」


 全員が従い、移動する。アルフレートやエリクの位置が有間にとって《安全》であることを確認してから両手の袖を合わせて手袋を外す。
 邪眼を後ろに向けぬように前に突き出し、目を伏せ何事か呟いた
 途端にルシアがうっと呻く。振り返るかと思ってぎょっとしたが、幸いそれだけだった。

 目を開ければ、二人の身体から真上に同じ姿の、半透明の魂魄が現れた。
 それからまた早口に詠唱すれば、その周りにびっしりとヒノモトの字が浮かび上がる。その中には、ヒノモトの物ではない文字が二つ――――邪眼一族の文字と魔女の文字が紛れていた。

 魔女の呪いに術式という概念は無い。けれどもこうしてヒノモトの術式と共に映し出せることも出来るのだ。勿論、これは術士自身の腕による。


「どうだ、アリマ」


 後ろからアルフレートが問いかける。

 有間は魂の周りをゆっくりと巡る暫くそれらを見つめ、口を開いた。


「……ヒノモトの、邪眼一族の術で間違いない。で、魔女の呪いもちゃんと見受けられるんだけど、これは解けたと言うんじゃなくて邪眼一族の術で中和させてるんだ。ややこしいから仕組みは省くけれど、魔女の呪いの術式に介入して鎖みたく繋げて同化させてる。それで互いの術が中和してるんだ。で、そこに身体が痺れる術をかけてある。簡単に言ってしまえばそんなもん」

「つまり、術が解ければ呪いは?」

「うちじゃこの二つの、あの邪眼一族がかけた術を解くことしか出来ないかな。魔女の呪いは管轄違いだもの。幸いこの繋がりは浅いし、それほど時間をかけなくても解けそう――――」


 読み解いていた有間は、ふと違和感を覚えた。
 魔女の呪いに無理矢理介入したにしては自然過ぎる。自然に融合し、術式が混ざり合っているのだ。
 呪いの術式を完全に理解した上でなければ、こんな風にはならないのでは……。

 その時――――かつて読んだ書物の一節が思い出されたのは偶然である。


「『嘗(かつ)てファザーンより逃れてきた魔女と、贈眼の男の血を引く娘在り。
 その知識は、その魔力は、底を見せることを知らず。魔術、呪術、双方を会得した後、双方を混ぜた術を作り出す』――――」


 頭の片隅に思い浮かぶ一つの可能性は確証も無いただの推測に過ぎない。

 まさか……まさかそんな。
 だらりと手を下げればアルフレート達が怪訝に有間を呼ぶ。
 しかし、有間は応えを返さなかった。


「『その血は未だ、子孫に受け継がれたり。
 その血を持つ者、不慮では死なず。
 その血を持つ者、不可思議な術を操り、他のものすらも会得する。
 その血を持つ者、国々を回って更に更に知識を求めん。
 その証は――――』」


 その、証は、何?


「アリマ? どうしたの?」

「……」

「アリマ!!」

「っ……、いや、何でもない。取り敢えずかけられた呪術を解くよ。じっとして、振り返らないでね」


 有り得ない。考えすぎだ。
 有間は雑念を振り払い、再び手を翳した。



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