有間はアルフレートと並び、帰路を辿る。

 花の中に飾られたカーニバル専用の明かりは未だ消えず、喧噪の静まった夜陰に今なお余韻をしっかりと残していた。これらはまた明日、輝きを取り戻して宴を盛り上げるのだろう。

 明かりのお陰で足下ははっきりと見えた。ままにマナーの無い観光客が放り捨てたゴミなどがあるので、歩きつつそれを拾い上げるのはカーニバルでのカトライア国民全ての仕事でもあった。だが、毎年回収されるゴミは少ない。一応、その辺のマナーを弁えている観光客は昔から多いようだ。美しい花の街だからと、そのような認識がそうさせているのかも知れない。
 今日も、家路の中でも手に持てるくらいの量しか見当たらなかった。

 自宅の前に立って、有間は仄かな明かりの見える二階の窓を見上げる。
 そこで、ほうと吐息を漏らした。


「ティアナは……起きてるよなー、多分」

「だろうな。彼女は特にお前のことを心配していた」

「そんな必要無いのにねー、本当。君達のことで自分が危険になるかもしれないのに」


 有間の言葉に咎めるような含みは無かった。アルフレート達を表で責めることはしなかった。今更色々言ったとしても詮無いことであるし、何よりアルフレート達と繋がりが無ければ、狭間に近付けなかったかもしれないのだから。一概に、損ばかりとは言えないと思うようになっていたのだった。

 扉を開けてそっと中を覗いて、あれっと思う。

 街の明かりが入り込んだ玄関に、ぽつねんと文が置いてあったのだ。この国で扱われる物ではない。ヒノモトで行き交うような和紙の文だ。
 不穏なものを感じ、ゴミを投げ捨ててその文を拾い上げると、有間はその文から感じた気配に目を剥いた。慌てて開いて漢字ばかりが並んだ文面を目で追った。

 それからアルフレートを振り返り、鞄を彼に持たせた。


「ちょっと用事思い出したから行ってくる」


 アルフレートは怪訝そうに有間を見下ろした。


「何が書いてあった」

「……ティアナとエリクを拐(かどわ)かしたって、あの時の邪眼一族から」


 苦虫を噛み潰したような顔で教えれば、アルフレートは色を失った。
 オレも――――そう言おうとした瞬間彼の足を踏みつけた。


「い……っ」

「たわけ。マティアスやルシアの様子も気になるんだ。邪眼一族だとしても、あいつらがいてむざむざ誘拐される筈がない。玄関の様子を見た限り術をかけられただけかもしれないけど、部屋で痛めつけられたのかもしれない。君はそっち確認。この文にはうち一人で来るように言われているし、二人の安全を確保する為にはまずは要求通りに動くべきだ」


 正直のところ、有間が誰かと来たところでこの文字の主――――狭間が二人を殺すとは思えない。恐らくは目的は有間を誘き出すことだろうし、何より彼の強さは有間が知っている。アルフレートやマティアスが揃っていたとしても勝算は無きに等しい。
 単純に、アルフレート達に自分と彼の関係を知られたくなかったのだ。

 当然、アルフレートが納得する訳もなく、二人の状態を確かめ、なおかつ《しっかりと》体調が安定しているのを確かめた後に来いと、念入りに諭した。相手は邪眼一族。何かしらの術をかけられているとすれば、それは必要なことだと言えば渋々と頷いてくれた。

 有間はそれに頷き返し、アルフレートに持たせた鞄から馬上筒を取り出して家を飛び出した。長巻を取りに行く暇すらも惜しかった。
 文に指定されたのはグロースの丘。
 真っ直ぐにそこへと駆けた。

 戦えないティアナとエリクを人質にし、有間を誘き出す、その意図は?
 父は有間に何を要求しているのか。
 あれこれ考えても分からないから、本人に直接問おう。

 拒絶されれば――――敵わぬことなど分かっているが武力行使で答えを引き出す他無い。

 邪眼を使ってでも。



‡‡‡




 濃紺に光の粒を散りばめた夜空の下、草花も眠りについたその丘に、彼は佇んでいた。

 闇に溶け込んでいるのではないかと錯覚する闇の衣服に身に纏った彼はゆっくりと有間を見据え、すっと双眸を細めた。彼の姿が確認出来たのは彼自身の肩に淡く発光する鷹が留まっていたからだ。
 彼の足下には口に猿轡(さるぐつわ)をはめられて手足も縛られた二人が、弱り切った眼差しを有間に向けている。ティアナのそれが、一瞬だけ逃げてと言っているようにも思えた。

 有間は乱れた息を整えもせずに、責めるような声音で問いを投げかけた。


「ティアナ達は、無事なの?」

「……危害を加えるつもりは無い」


 嘘の無い言葉に安堵する。
 けれども狭間が僅かに動いたのに馬上筒を構えた。そこでようやっと息を整え、再び問いを発す。


「で、こんな七面倒臭いことしくさってまで、うちに何の用? 下らなかったら撃つよ」

「俺と共に来い。お前はルナールと敵対すべきではない」


 有間はぐにゃりと顔を歪めた。


「はあ? 何それ、意味分かんないんだけど」

「意味が分からずとも、お前は俺の言葉に黙って従えば良い。でなくば、後にお前は苦しむことになるぞ」

「何で」

「お前が知る必要は無い。お前が俺と共に来れば、回避出来ることだ」


 ……ますます意味が分からない。
 自分がルナールと敵対すべきではない?
 どうして?
 自分とルナールにどんな関わりがあるというのだ、父は。


「……分からないままで、黙って付いていけると思う?」

「同じヒノモトの民として、言っているのだ。従わなければ……強引な手段を取らざるを得ん」

「へえ、じゃあやってみなよ。邪眼一族とは、一度戦ってみたかったんだ。ローゼレット城みたく、後れは取らないよ」


 そう言いつつ、心の中で悪罵(あくば)した。
 彼の、有間に対する《気遣い》に、だ。

 彼は敢えて有間を同族と言わなかった。『ヒノモトの民』と、曖昧に濁したのだ。

 こんなところでこっちを気遣うなっての!
 狭間にとっては親心が作用したのかもしれない。
 けども、その時の有間にしてみれば馬鹿にされているとしか思えなかった。

 迷うこと無く狭間へ発砲した。

 狭間はそれを手にした短刀で弾いた。
 連続して発砲しても、同じだった。ただ、途中エリクの背中に背負われた縫いぐるみに被弾した際にエリクが異常な程に反応したのと、何かガラスのような物が割れるような音がした。

 有間は歯噛みして後ろに後退した。あのまま打ち続ければ弾かれた銃弾が二人に当たらないとも限らない。
 相手の出方を窺いつつ、馬上筒を構え直した。

 狭間はエリクを一瞬見下ろした後、姿を消した。



 直後、有間の視界が黒に染まる。



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