雨宿りしているうちに日も沈み、小劇場に戻ってきた有間は着替えてそのまま店を出した。

 夜の上演を手伝うべきかとサチェグに聞いてみたが、多分カップルが沢山占い屋に来るだろうから、そっちを優先した方が良いとやんわりと断られてしまった。まあ、確かに毎年カーニバルでの営業ではカップルが非常に多い。

 仕方がないかと営業を始めると、アルフレートは何故か店から離れた場所に立っている。

 薬の効果のこともあるので先に帰っていて良いと言ったのだけれど、彼は断って、まるで護衛をするかのように腕組みして佇む。
 気まずいだろうに、どうして側にいようとするのやら……。


「すみません、占いをして欲しいんですけどー……」

「あ、あーはいはい。どうぞどうぞ。何を占いますか?」


 夜の営業最初の客は若い女性と、彼女と同じ年程の男性のカップルである。しかも、二人共酔ってる。
 酒臭いなーと思いながらにこやかに応対すると、女性はふにゃっと笑って彼との相性占いをして欲しいと。

 そこで、二人の名前と生年月日などを訊ねて占いに用いる道具を机に広げた。深呼吸を一つして意識を集中する。そうして占いを始めた。
 酔っ払いカップルの話が非常にやかましいが、それも今では慣れたもの。集中力を途切れさせる程の障害になりはしない。

 そして、導き出した結果を口にする。


「相性と、ほんの少しだけ二人の現状が見えました」

「え?」


 男性が一瞬だけ表情を変えたような気がした。赤ら顔は変わらないのだけれど、剣呑なモノを彼は感じたみたいに――――。
 ……まあ良いか。


「相性に関しては、良くも悪くもありません。ただ、現在男性の心はあなたではなく、他の人物に向けられているようです。それが男性か女性かまでは見えませんが、この占いではそれが後々大きな禍根になりそうです。お気を付け下さるよう――――」

「……」


 そこで、女性は沈黙する。
 このカップルは酔っ払い。何をするか分からない酔っ払い。
 少々の警戒心を持って、俯いた女性の様子を注視した。

 占い。たかが占い。
 当たるも八卦当たらぬも八卦が今の彼女らの頭の中にあるだろうか。
 一抹の不安を覚えながら、有間は頬を掻いた。
 いざとなれば、正当防衛で伸してしまえば良いのだし――――。

 と、そんな有間の危惧は、僅かに逸れた方へと向かってしまった。

 がたんと椅子を倒して女性は立ち上がる。憤懣と憎悪に燃える彼女の双眸は真っ直ぐに鼻白む男性に向けられた。
 男性はうっとなってたじろいだ。


「やっぱり……!! やっぱりあんたあの女と!」


 てっきり意にそぐわない占いをしたとして有間が噛みつかれるものと思っていたから、女性の怒りの矛先が男性に向いたのには有間も驚いた。酔いの所為で直情的になっているのか。

 胸座を掴み上げた女性を宥めるべく、男性は憔悴しきったような声を発した。


「お、落ち着けマナ!! そんな訳ないだろう!? 俺はお前一筋だって!!」


 ……あー、修羅場じゃないか。
 遠い目をして収まるのを待とうとすると、ふと男性が有間をきっと睨んだ。

 おお、男性の矛先がこっちに向いた。


「てめぇ、このしらがっ!! 適当なこと抜かしやがって……!」


 ……ぴくり。
 有間のこめかみが震えた。


「……今、何つった?」

「しらがっつったんだよ、婆臭い髪の色やがって……客ナメてんのか、ああ!?」

「ナメてねえよ。むしろそっちがナメてんだろ。単細胞、人間失格、うつけ、脳に皺はありますかー?」

「こっの……!」


 これだから酔っ払いは困る。
 腕を振り上げた男性に有間は即座に鞄から馬上筒を取り出した。

 が、それを使うことは無く。


「ひっ」

「わ」


 有間が銃口を向ける直前に、アルフレートが男性の咽元に剣の切っ先を向けていた。

 武人のアルフレートにキツく睨まれ、赤ら顔もすっかり青ざめている。
 がくがくと身体を震わせて、アルフレートを凝視した。

 女性も、先程までの怒りも忘れ、この状況に目を丸くしている。


「ちょ、な、何だよ……そんな、物騒なもん持ち出してよぉ……。ジョークだろ、ジョーク!」

「彼女はヒノモト人だ。ヒノモトでは白は最も尊い色。ただの悪口だけでは済まされないぞ。今すぐに取り消せ」

「は、はあぁ?」


 有間は目をぱちくりとさせてアルフレートを見上げた。困惑したように彼を呼ぶと、ぽんと頭を撫でられた。それだけだ。鋭い眼光は男性を射抜いたままだった。

 この剣呑な空気に街行く人々は何事かと目を向け、中には足を止める者もいた。


「ちょ、アルフレート……さすがに人目が――――」

「……あっ、ちょ、殿下!?」


 折良く、そこでサチェグが現れた。
 仰天する彼は足早に駆け寄って来るとアルフレートを宥めながら男性から剥がした。


「何やってんですかアルフレート殿下!! あんた王子っしょ!?」

「え……アルフレート殿下?」


 女性がぽつりと声を発す。
 信じられないとでも言わんばかりに目を剥いてアルフレートを凝視する。

 と、ざっと青ざめて男性を蹴りつける。


「えぇえ……」

「も、も申し訳ございませんでした!! ご無礼お許し下さいませ!!」


 深々と頭を下げた女性は男性の脇腹の肉をぐっと鷲掴みにしてそそくさと退散してしまった。男性が悲鳴を上げているけれど立ち止まることは無かった。……痛い、あれは痛い。肉を鷲掴みにしなくたって良いじゃないか。

 いや、それよりも金。占いの代金。ただじゃないんだけど。


「客と王子に営業妨害されたー……」

「いやいやいやいやいやお前もうちょい慌てろ――――ってアリマもやる気だったのかよ!?」

「いや、脳天ぶち抜くくらい」

「いやそれ死ぬって。確実に死ぬって」


 馬上筒を鞄に戻すと、サチェグは後頭部を掻きながら、アルフレートを見やった。


「頼みますよ、ほんと……こっちの営業にも障るんですからー……」

「……すまない。アリマの髪の色を馬鹿にされて……」

「ああ……しらが呼ばわりするとこいつキレますからねえ……」


 サチェグははあと溜息をつくと、有間の頭をぽんと撫でた。


「もう良いや。今日の営業、いつまでやるつもりなのかって、先生が言ってたぜ」


 先生とは、小劇場の主人のことである。
 有間は思案し、一応は日付が変わる頃までやっているつもりだと伝えた。

 すると、アルフレートが渋面を作る。


「それはさすがに遅くはないか?」

「だから、帰ってて良いって言ったんじゃんか。アルフレート。ここはもう良いから、明日に備えて早めに休みなよ」

「いや、そういう訳にもいかない。お前を一人にはしていけない」


 だから、大丈夫なんだって。
 肩を落として溜息を漏らすと、アルフレートは「もう少し、早めることは出来ないか」などと問いかけてくる。

 どうにもならないと切り捨てると、ほんの少しだけ気落ちしたようだ。けども、帰ろうとはしない。今宵のアルフレートは少し変だ。
 有間は苦い顔付きをするアルフレートを見上げ、片目を眇めた。

 そんな二人を眺めつつ、サチェグは一人にやにやとしている。



.


- 50 -


[*前] | [次#]

ページ:50/140

しおり