有間が泣き止むまで、ルシアとエリクは共にいた。

 けれど、一旦落ち着いてしまえばルシアも後のことをアルフレートに任し、自分達なりに立てた予定のままに、さっさと行ってしまった。その際、有間の気分を少しでも晴らしてやろうとマティアス達に有間の姿のことを言ってやるとからかったのだが、彼女に本気で殺されかけた。

 有間はと言えば、泣くわ混乱するわで精神的に疲弊しきっており、なおかつ軽い人間不信に陥っていた。
 どうやら有間は――――今まで知らなかったこともあるだろうが――――衆道が非常に苦手のようだ。でなくばあそこまで取り乱すまい。
 一定の距離を置かれて歩かれることに一抹の寂しさを感じながら、アルフレートは彼女の様子を注視し街中を歩く。

 適当に歩いていたのだが、何故か人が多くなってくる。
 心なし、男女の二人組が多いような――――。

 アルフレートが首を傾けたその直後、有間があっと声を漏らした。


「ここ……」


 人混みの奥には薔薇の木が見えた。
 それを見つめながら、有間は後頭部を掻く。


「ここに来たかったの? アルフレート」

「いや、適当に歩いていたんだが……ここは何だ?」

「カトライアで一番人気のある場所。あそこの薔薇の木ね、妙な言い伝えがあんの」


 やや億劫そうに薔薇を見やり、その『言い伝え』とやらを短く説明する。
 曰く。あの薔薇の木の枝に付いた蕾は絶対に咲かない。だが、摘んだ後異性に贈ると、その花は開くのだそうだ。
 しかも贈る異性にも条件があって。お互い想い合っていなければならないと言う。

 カーニバルに来る男女の観光客は、専らこの薔薇の木が目的であった。
 少々うざったそうな有間に、アルフレートはただの興味本位で訊ねてみた。


「アリマは……試したことは無いのか?」

「無いね」


 即答である。
 ……彼女はあの薔薇の木が好きではないのだろうか。


「こう言ったものは嫌いなのか?」

「別に、占いもしてるんだし、どちらでもないよ。ただ、あの薔薇の木は昔っから魂が変な形だから、苦手なんだよ」


 魂。
 一瞬ぴんと来なかったけれど、自分達がティアナに引き取られた日のことを思い出して納得した。
 有間は人の魂が見えるのだった。だから、最初自分達を拒絶していた。今は慣れたのかそうでもないが、エリクにだけは、時折探るような眼差しを向けることがある。理由は分からないけれど。


「どんな風に見えるんだ?」

「……形が掴めない。だから、変なんだよ」

「そうか」

「まあ、一度見た老夫婦が持ってた薔薇は綺麗だとは思うけど」


 目頭を押さえて軽く揉んだ有間はアルフレートの服の裾を摘んで引っ張った。人混みを避けるように歩いてその場を離れる。その間にも目を揉んでいた。


「大丈夫か?」

「久し振りに見たから、ちょっと疲れた」

「……少し、街を出るか?」


 有間はこくりと頷いた。



‡‡‡




――――ムスケル高原。
 人気が無く、比較的涼しい泉に二人は辿り着く。
 泉の畔にしゃがみ込んで吐息を漏らす有間の後ろに立ったアルフレートは、周囲を見渡して首を傾けた。


「そう言えば、観光客の姿が無いな。途中まではあった筈だが……」

「ここを知ってる人はあんまりいないんだよ。うちもティアナに教えてもらった口。また今度皆で来なよ」

「みんなと……?」

「うん。ティアナに言えば連れてきてくれるだろうし。あ、好きじゃないとか?」


 立ち上がって軽いストレッチをすると、ふとアルフレートが「いや、そんなことはない」と。
 振り向けば、彼は優しげに微笑んで、


「きっと喜ぶだろう。帰ったらさっそく提案してみよう。その時は、アリマも一緒にな」

「え? 何で?」

「少しは、息抜きになるんじゃないか? 色々と思い詰めるのは身体にも悪い」


 やんわりと言うアルフレートに、有間は目を細めた。再び泉に視線を落とす。


「……君達って、全然訊いてこないね。ローゼレット城でうちとティアナが襲われた時のこと」


 誰一人、問い質そうとしてこない。

 どうして気にしないのか。

 気になる筈じゃないか。
 だのに、有間が誤魔化して拒絶をしたらあっさりと引いて、以後何も訊いてこなくて。


「何で?」

「誰もお前のことは信頼している。なら、お前が答えたくないことを無理に訊くことはしない。オレもマティアスもそう思っている。……これは、理由にならないか?」


 後ろから頭を撫でられた。

 ……そんなこと、言ってられなくなるだろう。
 有間が邪眼一族だと知れば、きっとそれは翻るだろう。
 知らないからそう言えるんだよ、アルフレート。
 有間は水面を見下ろしたまま、心の中でぽつりと呟いた。

 邪眼一族のことを知るのは、ティアナとティアナの両親だけだ。
 知れば誰もが、有間を拒絶する。
 受け入れてくれる人間なんて、彼女ら以外にこの世にはいないんだよ。
 言い聞かせるように、有間は心中で繰り返した。



 ずきり。
 胸が軋んで痛みを訴えた。



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