二人はまず、ローゼレット城の闘技場へ向かった。地理を覚えるのなら真っ先に城に向かった方が良いと有間が判断した為である。
 が、闘技場の中は観客は一人もおらず、何処か締まりの無い掛け声が響いていた。


「ん? 今日は観客がいないな。試合はやっていないのか?」


 どうやら本日は闘技場は鍛錬に使用されているらしい。
 手を庇(ひさし)代わりに翳した有間は、アルフレートに服をくいっと引っ張って彼らを指差した。

 ……しかし、やはり見ていて鍛錬という気がしない。
 元々、カトライアの兵士は弱くて頼りないと専らの評価だ。カトライアの国民性のこともあるだろうが、これではいざという時に役に立たない気がする。


「なるほど……今日は、兵士たちの訓練に使われているのか」


 呆れる有間とは反対に、彼は興味津々の様子だった。
 その隻眼がいやに光っているように思えるが……。

 ……。

 ……。

 気の所為ではなさそうだ。


「アルフレート、行ってらっしゃい」

「え? なぜわかったんだ」

「顔見りゃ分かる」


 アルフレートの背中をぐいと押す。
 彼は兵士を育成する立場にあると以前聞いた。王子の位を持つ男ではあるから、城の兵士を育成していたんだろう。
 訓練も見ていただろうし、それを思い出してしまったのかもしれない。


「ほら、お里の兵士じゃないけど、訓練見てきなよ。うちはここで待ってるから――――」

「アルフレート殿下!」


 折良く、兵士がアルフレートに気が付いた。
 ぞろぞろと一斉に駆け寄ってくる。

 有間はさっとアルフレートの後ろに隠れた。


「このような所へご視察にいらしていただけるとは光栄です!」

「いや……。立ち寄ってみただけだ。視察というほど堅苦しいものじゃない。訓練中に邪魔をしてすまなかったな」

「とんでもございません! アルフレート殿下に訓練をご高覧いただける機会などそうそうありませんので……」


 うわお。
 ここでもかなり慕われてるよこの人。
 アルフレートからそっと離れて壁際に立った有間は、彼らの様子を半ば感心しながら眺めていた。


「我々一同、殿下のお噂はかねがねうかがっております。不躾な請願かとは存じますが、どうかほんの少しでも、我が軍に稽古をつけていただけませんでしょうか」

「稽古を?」

「はい! ベルント卿を凌ぐとのお噂はかねがね。殿下と剣を交えることができれば至上の喜びでございます」

「い、いや、だが、今は見ての通り連れが――――」


 そこで振り返ったアルフレートは、背後に有間がいないことに気が付いて慌て出す。

 それに、有間は苦笑して彼を呼んだ。ひらひらと手を振る。


「うちのことならお気になさらずー。気が済むまでどうぞ」

「……いいのか?」

「時間に余裕もあるし、別に良いよ」


 有間が言うと、彼はほっとしたように吐息を漏らした。
 別にこっちに気を遣わなくて良いのに。ここに来たのだって、アルフレートに城の場所を掴ませるのが目的だったのだし。
 客席にいるからと言ってまた手を振ると、


「わかった。あまり待たせないようにする」

「ん。頑張れー」


 アルフレートは嬉しそうに笑って兵士達と中央へと混ざっていった。
 その兵士達の喜びようといったら……一瞬だけ脳内でカトライア兵が筋肉隆々の大男共に変換されてしまい、思わず後頭部を背後の壁に叩きつけた。



‡‡‡




 楽しそうだなー。
 アルフレートの参加で先程よりもぐんと強まった掛け声に、有間は「単純……」と漏らした。

 今度うちも鍛錬見てもらおうかな、と思ったのはつかの間。すぐに必要無いかと止めた。
 有間が得意なのは術の方だ。別に武術を極める必要は無い。身を守る程度であれば十分だ。

 しかし、鍛錬に夢中になっている彼ら。このままだと日が暮れるまでやっていそうだ。まあ、別にそれでも構いやしないが。

 ただ問題なのは、退屈だってこと。
 さっきから何度も欠伸を噛み殺しているし、寝かけた。
 いっそ夜の営業の為に寝てようかな、とまで思い始めてきた。

 観客席に横になろうとした有間は、ふと誰かに呼ばれたような気がして固まった。
 頭を上げて周囲を見渡せば、出入り口の方に異民族風の女性が佇んでいるのに気が付いた。
 ああ、闘技場で有間とアルフレートが相手をした女性――――確か名は、ヘルタータと言わなかったか。

 身を起こして首を傾げると、彼女は鋭い目を細めて有間の隣に座り込んだ。


「久し振りね。アリマ、と言ったかしら。今日はちゃんと女の子の格好をしていたから、見かけた時は一瞬分からなかったわ」

「放浪の、と言われていた割には、まだここに滞在していたんですね」

「ええ。ここは居心地が良いから、つい。それにカーニバルがあるとも聞いていたから」


 と、ヘルタータはそこで有間の膝に手を置き、妖しい笑みを浮かべた。

 ぞわりと、鳥肌が立つ。
 理由は分からない。ただ――――この女性は危険だと、頭の片隅で誰かが言っている。けど、何が危ないかまでは判然としなかった。


「で、カーニバルは?」

「楽しんでいたわよ、でもあなたを見つけたら何も目に入らなくなっちゃって」

「は、はあ……」


 ……何だ、この人。
 何か変じゃね? おかしくね?
 彼女の海を彷彿とさせる瞳は、異様な熱を孕んでいた。

 いや、おかしい。これちょっとおかしいよ、ねぇ。
 有間は冷や汗を流しながらじりじりとヘルタータから離れた。


「いや、……き、気の所為だと思うんですが、あなたうちのこと男とか思ってません?」

「あら、あたしの話を聞いていなかったのかしら? ちゃんと女の子だって分かっていたわよ。ここで戦っていた時も」


 じゃあこれは何だ!
 異様なまでに接近してくるヘルタータに警鐘は鳴りっぱなしだ。
 口端をひきつらせ青ざめる有間の頬を撫で、ヘルタータは婉然(えんぜん)と微笑む。


「あたしの生まれた民族ではね、強い人を伴侶に選ぶの。性別も歳も関係無く、ね?」

「――――」


 こ の 人 滅 茶 苦 茶 ヤ バ い!!
 こめかみから頬へ、そして顎へと伝った冷や汗が、太股の付け根まで至った彼女の手の甲に落ちた。



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