アルフレートが追いついてきた時、有間は頭を抱えてその場にうずくまっていた。
 何で会いたくない人達に会うかな!
 がしがしと髪を滅茶苦茶に乱して唸った。

 その手をクラウスが掴んで止める。ぐいと上に引っ張って立ち上がらせた。


「それは小劇場の鬘(かつら)だろう。乱暴に扱うな。そしてどうしてそんな格好をしているのか事細かに話せ」

「細かくなくても細かくても小劇場の女優にハメられました、それだけです。これはうちの意思ではありません。全然そんなのありません。そして当初の予定ではこんな感じの服じゃなかったです、いやマジで」


 手が解放されると彼女は手櫛で髪を元に戻しながらアルフレートを肩越しに振り返った。ぎろりと睨めつける。
 アルフレートは苦笑混じりに首筋を撫でた。

 クラウスが嘆息したのに首を戻せば、頭を鷲掴みにされて押された。よろめいたところをアルフレートに受け止められた。


「先日のことある。カーニバルを見て回るのであれば、必ず誰かと行動しろ」

「平気ですって」


 今のところ、狭間が有間に接触して来ることは無い。
 本当にただ脅しのつもりで、一時的にカトライアに来ただけかもしれない。
 確かにカトライアにいるのかいないのか定かではないので安易なことは言えないが、そこまで案じるようなことでもない。彼が真っ先に狙うのであれば、恐らくはマティアス達だ。……まあ、クラウスは相手が狭間であることを知らないのだからそう言う風に懸念するのも無理はないのだけれど。

 だが、有間よりも巻き込まれる可能性のあるティアナを案じるべきだ。


「アルフレート殿下、アリマをお願いします」

「ああ」

「聞けよ」


 横暴、独裁者と抗議すると拳骨を落とされた。容赦が無かった。

 頭を触りつつ、クラウスを睨め上げる。
 大体、彼は多忙の身の上ではなかったか。何故ここにいるのだろう。
 この姿を見られた腹癒(はらい)せに皮肉と一緒に訊ねてみると、単純に仕事の合間を縫ってパン屋の様子を見てくるのだそうだ。


「そうだったんですかー。ロッテに言ったらあんたに呪いの手紙送りつけてやりますからね」

「ロッテに悠長に話が出来る程の余裕があるとは思えんがな」

「カーニバル万歳。多忙万歳」


 真顔で両手を挙げた。

 クラウスは眼鏡のブリッジを押し上げて吐息を漏らした。


「とにかく、カーニバル中は絶対に一人になるな。良いな?」

「へいへい……」


 有間が適当な返事をしたにも関わらず、クラウスはもう咎めなかった。余程忙しいようで、アルフレートに会釈して足早に脇を通り過ぎていく。

 彼の背中を見送りながら、有間はいーっと歯を剥いた。


「ったくもう……何でこうなるんだか」

「しかし、やはり万が一を考えて行動した方が良い」

「そっちじゃないよ。いやまあそっちも別にそこまで心配するようなことじゃないと思うんだけどね」


 スカートを摘んでひらひらと揺する。
 有間が白髪だからか、黒と白を基調にした落ち着いた雰囲気の服を着せられた。太股の真ん中辺りまでの靴下は少々窮屈だ。食い込み具合を見てサニアがぐっと親指を立てていたっけ。スカートに隠れて見えないのに。
 胸も一応は隠されているが、ままに見えてしまいそうで恥ずかしい。
 休憩を貰った直後に着替えれば良かったかと思ったが、サニアによって何処かに隠されてしまったのをすぐに思い出して肩を落とした。

 これをティアナなんかに見られたら……地獄だ。


「……知り合い連中にだけは絶対に見られたくなかったのに」

「そうなのか? 似合っていると思うが……」


 すっと髪の毛を掬われてぎょっと離れる。

 アルフレートは瞠目して、髪を掴んでいた手を見下ろした。
 ややあって、頬が赤みを帯びる。


「……すまない。失礼だったな」

「い、いや……。ちょっと驚いただけだし」


 ……よく分からない。
 分からない――――が、妙に気恥ずかしい。
 何でだ。
 有間は後頭部を掻いて、アルフレートから視線を逸らした。

 暫し無言でいたところ、


「ちょいと、よろしおすか?」

「あ、はい」


 有間が話しかけられた。
 背後を振り返れば美しい女性が朗らかに微笑んでいた。真っ赤な地に白い牡丹の咲いたヒノモトの着物をまとったその女性は、有間の髪を見つめている。


「ご加護に触らしてもろても?」

「……ああ、どうぞどうぞ」


 鬘を外し、白い地毛を晒す。
 女性は驚いたのは一瞬で、すぐに「おおきに」と有間の頭をゆっくりと、時間をかけて撫でた。

 アルフレートが不思議そうに首を傾げるのに、手で制す。

 満足したのか女性は撫でた手を大事そうに握り締めた。
 そうして九字を切って両手を合わせ頭を下げる。


「八百万(やおよろず)のご加護があらんことを」

「……八百万のご加護があらんことを」


 有間も同様にして頭を下げた。
 女性が雑踏の中に紛れ込んでいくのを見届けて、鬘を被る。久し振りにヒノモトの都人を見た。あの方言も懐かしい。

 そこで、アルフレートが問いを発した。


「アリマ、今のは?」

「ああ、ヒノモトの風習……って言って良いのかな。ヒノモトでは白って、神に一番近い色ってことで、万民から尊ばれる色なんだ。だから白髪は神聖視されてて、皆これを撫でて加護を得ようとするの。撫で終わったら、さっきみたいに九字を切って『八百万のご加護があらんことを』って言い合うんだ」

「白が神に一番近い色、か……。確かにヒノモトは色んな信仰があるんだったな」

「そうそう。どの宗教も、白は最上位の色だって言われてるんだよ」


 もし、彼女が有間の正体を知ったら、ショックを受けるだろう。
 白の髪を持つ少女が、邪眼の一族だなんて。

 本当に自害しちゃいそう。
 そう思うと、ちょっとだけ笑えてきた。
 疎まれた一族に、最上位の色の髪を持った存在がいるだなんてさ。


「アリマ?」

「……ううん、何でもない。んで、何処か回るの? 夕方までぶらつくつもりだったし」

「ああ。カトライアの地理も頭に入れておきたい」

「了解。じゃ、適当にぶらつきますかねー」


 有間はひらひらと片手を振って、足を踏み出した。



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