「二人なんですでけど、席は空いていますか?」

「ええ。まだ大丈夫ですよ。間も無く開演になります」


 営業スマイルを張り付けて、有間は客の応対をしていた。
 華々しい賑わいのカーニバル。小劇場も大盛況である。……と言っても、一日二回の公演なのだけれど。

 あああ……足がすーすーする。
 ごわごわとして気持ち悪い。
 作り物の髪が顔にかかってちくちくする。

 ああもう……どうしてこうなった。


「アリマ、まーた顔がひきつってるぜ?」


 同じく接客を担当していた大道具のサチェグがこつんとこめかみを小突いてくる。最近肩まであった金髪を短く切って野性味が加味された彼は痩せ形の割に力は強く、新人ではあるけれど重い大道具の全般を運ばされている。演技も上手いので、ままに脇役で出されることもあった。おまけに人当たりも良いので、カーニバルの日にはこうして表に出されているのだ。

 有間は乾いた笑声を漏らしつつ、自分の身形への苦言をぼそぼそ呪文のように唱え出した。


「またかい。アリマだって年頃なんだからさー、マリアみたくナチュラルな化粧くらいしてみたらいんじゃねぇの? ほら、やっぱ気になる異性の一人や二人――――」


 有間は呆れた。言葉半ばで顔をぺちっと平手で叩いた。


「いやいや……いる訳ないでしょ、そんなん」

「青春しろよ、乙女」

「断る乙女は実は男でした」

「マジで!?」

「嘘」

「だと思った」


 サチェグは軽い調子の男だ。寛容で笑顔を絶やさないが、言いたいことははっきりと言うので結構付き合いやすい。ちなみに辛い食べ物は苦手で、菓子作りが非常に得意である。
 冗談を言い合いながら応対をしていると、劇場内からベルが鳴った。開演だ。

 サチェグは扉を閉めて有間の頭を撫でた。


「うっし。んじゃあ、ひとまずお前は休憩な。後は日が沈んだ頃戻ってこい。夜はそのまま営業なんだろ?」

「でも上演が終わったら、うちは手伝わなくても良いの?」

「ああ、俺一人で何とかなるよ。それにアリマは正式なうちの人間って訳でもないしさ。小劇場の前でやってる占い師が手伝ってくれてるんだ。お前は今のうちにやりたいことをやってきな」


 とんと肩を押して、サチャグは片手を振る。
 有間はつかの間思案して、まあ今日の昼は営業しないし、その辺をふらついてくるかとサチェグに会釈して歩き出した。

 しかし、人が多いので上手く歩けない。人とぶつかって何度も謝罪した。
 これではちっとも目に進めそうにないじゃないか。
 どうしよう……。

 一旦足を止めて考え込むと、すぐ近くに露店が見えた綺麗な花々に彩られたそこは、どうやら近くのカフェが出しているもののようだ。
 あそこで一旦何か食べれる物を買おうかとポケットを探って財布を取り出すと、不意に誰かに呼ばれたような気がする。
 いや、だが気の所為かもしれない。この喧噪、色んな声が入り交じっている。

 一応周囲を見渡してみるが、やはり観光客ばかりで見慣れた人間はいない。……いや、良く占いに訪れる客も見えたが、彼女は商売に一生懸命で有間に気が付いている様子は無かった。


「すいませーん。蜂蜜ドーナツ下さーい」

「はーい」


 愛くるしい笑顔と共に、定員は陳列され香ばしい香り放つドーナツを取って紙のナプキンに包み、淡いピンクの花を添えて手渡してきた。


「三十ネルケです」

「安っ!」


 特売日か。カーニバルだから特売なのか。いつもは四倍くらいはしてるのに。
 丁度の金銭を渡して露店を離れた有間はこっそりとカーニバル万歳と呟きながら、落ち着ける場所を探した。

 が、その前に――――。


「アリマ!!」


 今度ははっきりと聞こえた。多分、後ろからだ。
 足を止めて振り返る。

 直後――――口角をひきつらせた。

 互いに手を取り合って歩く老夫婦の向こう……灰色の青年が見える。大きく手を振って有間を呼んでいる。


「あ……アルフレート……」


 ああ、会いたくなかった一人に早くも遭遇してしまった!
 有間はドーナツをぼとりと取り落とすと、一目散に駆け出した。


「な、アリマ!?」

「人違い! 人違いですから!!」


 畜生、何故バレた! 遠目で何故バレた!!
 心の中で問いを投げかけて、ふと思い出す。

 そうだ、彼は髪が長い頃の自分を見ているのだった!

 あの頃はもっと長かったけれど、肩胛骨まである白髪の鬘(カツラ)をしていても、アルフレートなら有間だと分かるかもしれない。

 ……。

 ……。

 ……。


「……って、それ以前にカトライアで白髪はうちしかいないんだったぁぁっ!!」


 後ろでアルフレートが呼んでいる。突然逃げ出した有間に驚いて、多分追いかけているのだろう。

 しかし、この姿でアルフレートと面を合わせたくなかった。いいや、アルフレートだけではない。彼の兄弟達にも、ティアナにも、ロッテにも!!

 ――――が。

 曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


「わぷっ」

「っ!?」


 反動で後ろに傾いた身体を抱き寄せられて何とか事無きを得た。
 ……だが、それは不運なことでもあって。

 顔を上げた有間はざっと青ざめた。


「……お前はアリマ、か?」


 眼鏡の奥で、瞳が困惑したように揺らいだ。



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