小さい頃、良く言われた。


『有間と狭間さんって、似てないよね』


――――確かにそうだ。
 有間の髪は雪のような白。
 対して狭間の髪は闇の黒。

 有間の目は紫。
 狭間は目も黒。

 面立ちも、あまり似ていない。

 昔から言われていたことだが、さして気にしたことは無かった。
 だって物心付いた時から一緒にいたし、父として時に叱り、時に優しくしてくれた。それは事実として有間の記憶に残っている。疑いようの無いものだ。

 だから、有間の父は狭間。狭間以外に身内はいない。それで良かった。誰も気にすることは無かった。

 血の繋がりと心の繋がりと。
 邪眼一族は後者を重んじる。
 血筋にこだわるのは厳格な階級制度のあるヒノモト人だ。


『人間は血でなく、心を尊ぶべきである。心こそ、《己》の証。……だが悲しきかな人間は、心ある限り、争う生き物だ。戦は愚行であるけれど、それもまた、人の心がぶつかり合って生じるもの』


 されどもだからこそ起こしてはならないのだ。
 心が争うことで相手を知る。
 心の争いから生じた戦はとても悲しいものでしかない。心の争いで他者の命を奪うことであってはならない。
 それは、邪眼一族の長老の言葉だ。目の見えない彼は誰よりも心の在り方について思案し、子供達の説いていた。その中には、有間もいた。大昔には、狭間も。

 長老の言葉を有間以上に胸に刻んだ父が、人間の戦に関わるなんて。

 嗚呼、もう。

 考えたくない――――。




‡‡‡




 夜。
 誰もが寝静まった夜陰の中に溶け込むように、漆黒の影はカトライアを暗躍する。

 影は、辛うじて男のものだと判別出来た。

 それは一つの家を捉えたまま、足早に進んだ。

 一回の窓の前に立つと手をかざした。何事か呟けば窓が静かに、独りでに開いた。
 そこから中に侵入した影は、その部屋のソファに横たわって眠る中性的な少女を捉え、音も無く近付いた。

 無防備に寝息を立てる少女の頬を優しく撫でた。


「……大きくなったな」


 ぼそりと呟かれた言葉はほぼ吐息だった。
 少女は、目覚めない。昏々と眠り続けている。すぐに治してやったものの、与えた傷の負担は余程大きかったと見える。

 影は小さく、悲しげに笑って彼女の背中と膝裏に手を差し込んだ。


――――刹那である。


「彼女を何処へ連れていくつもりだ」


 不意に扉が開かれ影のものでもない声がした。
 影は少女から手を離して壁際にまで跳びずさった。懐から短刀を取り出して身構える。

 扉の向こうから現れたのは二人の青年だ。闇に慣れきったとは言え、二人の姿はぼんやりとしていてはっきりとは見えない。
 しかし、影には彼らがどういった地位の人間なのか、知っていた。


「彼女とはどんな関係なのか、教えてもらおうか」

「……有間から、何も聞かされていないようですな。マティアス殿、アルフレート殿」


 しかし、彼女が話さないのであれば、自分も話す理由はありませぬ。
 その言はまるでルナール側につく邪眼一族としてではなく、有間の意思を尊重するかのようだ。

 名を呼ばれた二人は怪訝に柳眉を顰(ひそ)めた。

 影は有間を一瞥するとそのまま身を翻して窓から飛び出した。間も無く闇に溶け込んで見えなくなった。

 青年達は、彼を追うことはしなかった。



‡‡‡




 有間が昏倒していた時に、クラウスからルナールに邪眼一族がいることは聞いていた。

 もしあの男がその邪眼一族であり、有間の父親だとすれば――――ややもすれば彼女も邪眼一族ということになる。
 いや、彼女の頑なに話そうとしない態度から、十中八九そうなのだろう。

 彼女が警戒するのは、自らが戦争に参加させられること。
 マティアスにそのつもりが無いとしても、ルナールとの戦争が勃発した時、軍部の人間は迷わず有間を用いようとする筈だ。相手にヒノモトでの悪評多い邪眼一族と最後の魔女がいるとなれば、それに対抗する術は今のところ有間以外にはいない。

 このまま知らぬフリをしてやった方が、彼女にとっては一番なのかもしれない。
 邪眼一族であれば、相当酷な状況を生き抜いてきた筈だ。そんな有間にようやっと訪れた安息の地カトライア。
 それを奪うようなことは、してはいけない。


「追わなくて良いのか」

「ああ。今回は、アリマを連れ出す目的だったようだ」


 ルナールに連れ帰って共にファザーンを害すつもりだったのか、はたまた単純に父親として、娘を安全な場所に連れて行きたかったのか……。


『……大きくなったな』


 あの慈愛に満ちた穏やかな声が脳裏に反響する。

 何となく。確証も無いただの感覚だ。
 マティアスは、後者のような気がしてならなかった。


「……アルフレート。アリマを頼むぞ」

「分かった」

「アリマのことは、知らぬフリを通す。それがアリマとティアナの為だ」


 そう言えば、アルフレートは分かりやすく安堵した。
 ああ、そうか。彼はカトライアに住み着く前の有間と会ったことがあるのだった。

 そのまま部屋に戻ろうかとしていたマティアスはふと。


「……アルフレート、お前が初めてアリマと会った時、彼女はどんな様子だった」


 アルフレートは沈黙した。躊躇っている。

 彼に他言はしないと声をかけると、ややあってしぶしぶと口を開いた。


「……今とはまるで正反対だったな。大勢の人間がいるところを極端に怖がっているという風に見えた。このカトライアで暮らして、変われたんだろう」

「……そうか。俺は廊下にいる。何かあったら呼べ」

「ああ」


 アルフレートは双剣を片手に持って有間の傍らに腰を下ろした。
 彼の背中が身体に当たったような気もしたが、有間は熟睡しきっているのか身動ぎもしない。それも、馬車酔いに加え酷い怪我を負った所為なのだろう。一瞬で治っていたとは言え、血の量から酷い損傷であったことは容易に察せられる。

 マティアスは部屋を後にすると、扉横の壁に寄りかかった。腕を組み目を伏せる――――。



第四章・完




○●○

 おとん登場。
 そして次はカーニバル……!

 突然ですが五章辺りでアルフレートとエリクのvsにしたい……な、とか無謀なこと思ってます。



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