仕事から帰ると、夕食を取りながらティアナに薬屋訪問のことを聞いた。
 曰く、当時店の中には店員一名のみ。
 彼はマティアスの姿を見るや否や顔色を変え、薬を使って目を眩ました上で姿を消した。

 無人の薬屋で見つけた地下の部屋には、ローゼレット城へ避難用の地下通路が繋がっていたらしい。

 逃げたと言うことは、やましいことがあったからに他ならない。マティアスの顔を見て血相を変えたのなら尚更。
 ティアナの見たマティアス達が動物になった原因かもしれないし、そうでなくとも黒幕に直結する人物である可能性は高い。

 ティアナが見た見習い魔女、彼女を徹底的に洗うべき、か。


「……じゃ、うちが今夜薬屋に忍び込んで調べてみようか。盗み働くの結構得意だし」

「いや、もう手段は考えてある」


 本当は、今日の昼のうちにしたかったのだがな。
 アリマも加えての一策だ。

 にやりと不敵に笑うマティアスの様子を見る限り、拒否権は無い。

 最近不定休になりつつある占い屋に、有間は遠い目をして机に突っ伏した。
 これじゃあ客足は遠退く一方だ。
 カーニバルでは、しっかり営業しとかないと不味いな。企業努力企業努力。
 大仰に吐息が漏れた。



‡‡‡




 陽気な国、カトライア。
 活気溢れる小国は、喜々とした熱気に包まれていた。


「ちょっと聞いた!? 行方不明になってたファザーンの王子さまが、今カトライアに来てるって!」

「ええ、私もついさっき聞いたばかりよ」


 浮き足立っているのは主に女性である。頬を紅潮し、喜びの言葉を交わし合っている。


「それにしても、一体何なの? この人混みは……。カーニバルはまだもう少し先よね?」

「やだ、知らないの? その王子さまが、これから馬車でこの道を通るんですって」

「え? 本当に!?」

「ほら見て! 来たみたいよ!」


 彼女の指差した先、豪奢な馬車がある。こちらに、ゆっくりと近付いてくる――――。



‡‡‡




「キャアアアアア〜〜!! マティアス殿下〜〜!!!」

「ちょっと、全然見えないじゃないの! そこをどきなさいよ!」

「あ、見えた! う、うわぁ……! 噂には聞いていたけど、四人ともとんでもなく美形じゃない……! 亡くなったって聞いてたけど、とんだデマだったのね」


 ……嗚呼、五月蠅い。
 耳がつんざくような黄色い歓声に、有間は蒼白な顔で、馬車の中でうずくまっていた。

 ティアナはその横で、顔を隠して必死に見つからないようにしている。誰も、有間の様子に気付く者はいなかった。


「どうした? 顔色が悪いな。せっかくの機会だ。もっと楽しんだ方がいい」


 マティアスの声がする。
 が、有間には答える気力が無い。


「こんな状況を楽しめるみんなの方がおかしいと思うんだけど……」

「なんで? すげー面白いじゃん。こんなに歓迎してもらえるなら、もっと早くやっときゃ良かったな」


 おかしい。
 王族の感覚おかしい。

 そして――――気持ち悪い。


「ティアナとアリマって、もしかしてこういうの慣れてないの?」

「な、慣れるだなんて。こんな経験、庶民には一生に一度あるかないかだし……って、アリマ? さっきから全然動いていないけど、大丈夫?」


 あ、気付いた。
 気付いてくれた。


「……出そう」

「アリマ?」

「……朝食べた物が出て来そう」

「酔ったの!? え、嘘!?」

「大丈夫か、アリマ?」


 逆の席からアルフレートが声をかけるが、反応出来ない。

 自分でも予想外であった。
 まさか、馬車如きで酔うなんて。馬は平気なのに。ばんばん乗りこなすのに。
 こんな乗り物風情に自分が負けるなんて……!

 悔しいが、それよりも気持ち悪い。吐き出す物を堪えるだけで精一杯だ。

 ティアナが彼らの側にいるのは良く分かる。いざという時金の粉をかける役だ。
 馬車で移動し、なおかつ目立つのは薬屋の男女――――その背後にいる黒幕に揺さぶりをかけるかける為だ。

 ここに有間のいる必要は全くない訳で――――。


 ガタン!!


 車輪が石に乗り上げたのだろうか。
 一瞬の衝撃に内蔵が跳ねる。

 一気にせり上がるそれに醜い声を漏らしてしまった。


「う゛ぶ……っ!」

「ああっ、アリマが!! ちょっ、マティアス止めて! 馬車止めて!」

「無理だな。城に着くまで我慢しろ」


 マティアス後で覚えてろ。

 嗚呼もう深く考えられません。
 どうか一刻も早く城に着いて下さい。

 有間は神を信じるような性格ではない。
 が、そんな彼女でさえ、今はヒノモトに崇められる神々へ祈りを捧げる。

 有間が限界になるのが先なのか、それとも城に着くのが先なのか。



 ……否、今はともかく、隣で騒ぐティアナに黙っていてもらいたい。



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