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空腹のあまり髪から水を滴らせたまま戻ってくると、ティアナに叱られた。食事前に彼女によって髪を拭かれた。
しかし、有間はそれよりも空腹だ。
「ティアナ、お腹空いたー」
「その前に、ちゃんと拭かないと風邪引いちゃうでしょう!」
「うー」
有間は腹を撫でながら、ティアナを上目遣いに見上げる。
ティアナは彼女の頭を拭きつつ、先程の化粧を施された姿を思い出した。
有間は顔の作りは中性的に整っているが、化粧をすれば女性寄りになる。たかが化粧、されど化粧。彼女が女らしい格好をすれば、きっと沢山の人目を引くに違いない。
「あーあ……勿体ない」
「ティアナ、縁切るよ」
「むー」
絶対可愛いと思うのに。
昔は、彼女は髪が長かったらしい。逃げる中で性別を偽った方が追っ手も撒けるかもしれないと、ベリンダ達が男装をさせたのだった。
その姿が見てみたい。
アルフレートは詳しくは話さなかったが、小さい頃に髪が長かった有間を見ているようで――――会ったことがあるから、人間の姿を見た瞬間有間は慌てていたのだとその時に納得した――――彼が少しだけ羨ましかった。
「……はい、もう良いわよ」
「へーい」
まだしっとりしているが、水は滴らない。
乱れた髪を手櫛で直しながら有間は台所へと向かう。
ようやっと食事にあり付けると、マティアス達も彼女についていく。
しかし、アルフレートだけは思案顔で有間の後ろ姿を見つめているのだ。
ティアナは首を傾げ、彼を呼んだ。
びくっと灰色の身体が震える。
「どうしたの?」
「……いや、女性というのは恐ろしいなと思ってな。中性的だったのが、化粧一つであそこまで変わるとは思わなかった」
「有間はね。普段から女らしくしないから、そう思うのかも」
「だが、髪の長い時はか弱い少女のよう見えた」
懐かしむように目を細める。
その眼差しの柔らかさに、ティアナはくすりと笑った。
「まるでお兄さんみたいね、アルフレート」
「兄……そうか?」
複雑そうだ。
「あれ、違った?」
「……正直、自分でも分からないな。だが、兄というのは……どうもしっくり来ない」
それは一体何なのか……。
再び思案に沈むアルフレートに、ティアナの中で一つの可能性が浮かび上がる。
それを彼に告げてみようか、逡巡する彼女を咎めるかのように、不機嫌そうにルシアが呼んだ。
‡‡‡
「へー、君達王子様なんだ」
有間の不在時にティアナがマティアス達に告げられたことを話すと、淡泊な反応が返ってきた。
一瞬、信じていないのかとも思ったけれど、暢気な口調の割に目は至って真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「また変な縁(えにし)だね、ティアナ」
「え、私なの?」
「どう考えても君とマティアス達とのご縁でしょ」
自分は関係ない、と態度で語る有間に、エリクがそんなことは無いと強く否定した。
有間と会えたことがどれだけ嬉しいか彼が必死で伝えようとする姿に、有間も、ティアナやマティアス達も口角を弛める。
「……まあ、縁の件は置いといて。結局どうするのさ。薬もまだ一時間程度しか効かないんだろう? また新しい薬を作ってもらうにもこれじゃ堂々巡りじゃん」
「薬屋を、徹底的に洗おうと思う。ティアナが見習いの魔女らしい女を薬屋で見たと言っているのでな。明日、俺とアルフレートが人間に戻って同行する」
じゃあ、問題は無いか。
マティアスの力量の程は分からないけれど、アルフレートなら何か遭った時対処出来ると思う。
スープを飲み、「いってらっしゃい」とティアナに声をかけた。
「……ところで、一つ確認しておきたいんだけど」
「何だ」
「うち、君達のこと敬わなきゃいけない?」
「いや、気味が悪いから不要だ」
「そっか」
確かに気味が悪い。
マティアスの言葉に同意しつつ、ふとあることに思い至った。
「ってことは、だ。ティアナは今まで王子様達の身体を弄(もてあそ)んでいたってことか。なかなかの悪女だね、有間さんびっくり」
「ちがっ――――わないけど……とにかく違うの!」
ティアナも気付いていたようで、顔が真っ赤だ。
まるで林檎のような彼女に有間は笑声を上げた。
「けど、アリマは驚かなかったね。ティアナはすっごい驚いてたのに」
「まあ……その程度なら別に何とも。誰が何処そこの王子だとかは興味無いし」
「お前の感性って本当分かんねえよな」
「でもうちの故郷の人間ならまず君は非常食って言う認識をすると思うよ」
「だから非常食じゃねえって!!」
噛みつくルシアにひらひらと片手を振って、有間は食事を進める。
「でも、今は危ないんじゃないの? 国王が死んだ上、第五王子しかいないんでしょ? 今ルナールに攻められたら大変なんじゃない? 悠長にしてられないよね」
「ああ、だから早く呪いを解く方法を見つけなければならない」
ベルントだけでは、負担が大きすぎる。
そう呟いたマティアスの瞳には、本心からの心配が浮かび上がっていた。
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